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おやす わら細工の飾り物

 投稿者:GG-  投稿日:2017年12月 9日(土)21時54分42秒
編集済
   本年6月にみのハイクの仲間と出かけた南信州低山巡りの時、新井展望公園を経て庄田山 しょうだやま 966.5mを訪れた。そこの林道終点脇に祠があった。「下山後祠を御礼方々開けたが御幣が見えただけで祭神不明。祠前の注連縄の傍らに藁を編んだ珍しい形の筒状の花立?が有った。」と記録していた不思議な物体が「おやす」と言うものと判った。

 大町市在住の孫が世話になっている保育園で祖父母参観日が12/08に催され参加して来た。当日の子供との共同作業として地元ボランティアの指導で行われたのが「おやす作り」であった。(とても難しくて園児が出来る物では無く参加したジジババが悪銭苦闘。)
 その形状は庄田山で見かけた物と同じで「おやす」と言う神様に供える食器を象っているとか。当日はそれにシャモジを象った物も作った。信州の風習らしき説明だったが、指導者は「大町老人会流の作り方」なので違うと言わない様にと釘を刺されたので地域ごとに多少の変化が有るかもしれない。
 検索したら【「おやす」とは、門松や神棚に結び付ける藁製のかざりで、神様の食べもの を入れる食器の意味があるそうです。これを飾る風習は三遠南信地方や美濃などに残っ ているそうです。】 とあったが、大町でも実施され、美濃東部出身の自分には知らない物であった。

写真 ①庄田山の祠で見たおやす    ②保育園での作業   ③保育園での完成品

 
 

大町への道で

 投稿者:GG-  投稿日:2017年12月 9日(土)16時24分52秒
編集済
  12/07所要で大町市へ向かった日の北ア風景。
伊那谷を走る頃は快晴の空に南アルプスの山々が美しく見えたので、PAに度々立ち寄って撮ろうとしたが何処も前景に邪魔が入って絵にならなかった。

写真
①安曇野SAから鹿島槍方向  ②御宝田遊水池から常念岳  ③大町郊外から北葛岳・蓮華岳

 

権現山(大野)225m 地理院地図計測標高

 投稿者:GG-  投稿日:2017年12月 4日(月)21時06分30秒
編集済
   WEBでこの山の存在を知って数年が過ぎた。好天予報の12/02にみのハイクの仲間を誘って低山徘徊に出かけた。

 権現山は揖斐川町と大野町の境界尾根に位置し地形図に山名が記されているが標高表示は無い。WEBで各地の同名の山と区別して大野権現山とされていたので計画はこれを採用した。
 2014年のレポは墓地の駐車場から尾根に取り付いていたが獣害除けのフェンスが設けられて進入出来ない。近隣の民家で聞いたら転居間もないそうで柿畑で作業の人に聞いてくれと言う。墓地東で作業中のオッサンに権現山へ行く道を尋ねたら地元では山名は知られていない様で妙見様かと言われた。その道と答えたら「尾根先端の扉を開けて入れる、墓地駐車も可」との返事がもらえた。登山口が判ったので2台で牛洞坂へ向かい1台をデポして墓地へ戻った。オッサンに挨拶して尾根末端へ向かったら自転車で来て扉を開けて頂けた。仮締めをしておくとの事で下山後締める積もりでいたが失念してしまい申し訳無い事であった。
 尾根末端には灯籠の基礎が残っていて石段が続いていた。参道は地形図(庭園路等)に少し表示されている。倒木も多くやや荒れているが途中に妙見参道と彫られた石柱も見られ、尾根に乗ると南からの踏み跡が有ったので墓地からの道かと推定された。地形図の110m前後に鳥居と寺マークが記され参考にしたWEB記録にも廃寺写真が載っていたが今は壊された残骸のみであった。尾根芯の微かな踏み跡を進むと樹間の小さなコブ上に3等三角点清水114.5mが有った。ここからの尾根はしっかりした道となっていて所々色づいた木々の中を緩やかに登って行く。情報で見た古い椅子の並ぶ展望地?も立木が伸びて展望は無かった。金生山を望む場所を過ぎると時々樹間から池田山が望まれた。緩やかな尾根歩きが終わり50m標高差の急坂を終えると砲台状の権現山山頂であった。大きな根をむき出した倒木があるだけで三角点も標識も無い。山頂到着が計画より遅れていたのでここで昼食をとの提案が有ったが展望の122鉄塔で予定通り摂りたいとして、空身で山頂西下の三角点探しに下った。巡視路の筈なのに標識が無く落ち葉の広い尾根を適当に下る。WEBで5分程と思っていたが意外と時間を要し、緩やかなコブ上に4等三角点志津山182.1mが有った。三角点にタッチしてから健脚の仲間達に遅れてノロノロと権現山に戻った。山頂からはほぼ平坦地形を進み221m標高点で左折して鞍部へ急降下。途中の立木に熊の爪痕が見られた。160mの鞍部は山越えの峠道で明瞭な山道が東西に下っていた。僅かに登り返して待望の122鉄塔に到着した。西に展望が開け間近に色づいた権現山、彼方に池田山や養老の山々が望まれ風を避けた場所で至福のランチタイム。食後121鉄塔への標識に導かれ緩やかに登って行く。樹間の広い巡視路はプロムナード、121鉄塔の分岐を過ぎるとすぐの台地片隅に4等三角点小野255.0mがあった。WEBに牛洞山の山名標識が有ったと記載されていたが、何処にも見られず山名としても疑問に思えた。このピークから北へ進むと小野坂峠を経て城ヶ峰へ行けるらしく明瞭な踏み跡が見えた。平坦な尾根を10分程東進したコブを越えた南に120鉄塔。展望が開け東に大谷山や滝谷山がどっしりと見えていた。鉄塔から先の道が無いと先着した仲間達がワイワイ。地形図は送電線を横切る尾根が牛洞坂へ向かうので灌木を分けて強引に下ったら尾根道に合流できた。ルンルンの尾根を緩やかに下り牛洞坂直前でやや不鮮明になったが残置テープに導かれ北へ下ったらWEB情報通りの道路標識脇に出た。すぐ南が峠頂上で峠から大谷山山塊の野村山への遊歩道が始まっていて案内板が設置されていた。傍らの祠には一体のお地蔵様がおられた。デポ車で墓地まで戻り集合地の大野町役場で解散となった。
 この日巡った3ヶの三角点名=清水・志津山・小野はどれも山麓集落の名前であった。先人の踏破された記録を参考にさせてもらって短時間歩いただけで独創性無しであったが、好天の中を良き仲間達と未知の山々を辿れたのが嬉しかった。体力の無い今の自分にはこれで精一杯、次は何処を徘徊しようかなと次の機会が待たれる。

 

RE・探検ウォーク

 投稿者:GG-  投稿日:2017年11月29日(水)18時31分59秒
編集済
  float cloudさん書き込みありがとうございました。

早速「土岐市探検ウォークブログ」拝見しましたよ。どえらい社会貢献に頭が下がりました。参加した子供達の興奮が伝わって来ました。

実家から朝晩眺めて過ごした「夕立山」は有志により登山道が造られたとの報道で、何年か前にひとりで点名駄知まで足を延ばしました。墓参の度に登山口前を通りますが今では荒れ果てていて残念です。ポランティアも一過性では駄目ですね。

日帰トンネルを検索していたら迷盤の日々さんの記録にヒットしておやおやでした。この○○にしてこの○あり とか。お二人とも立派なもんですね。

また探検ウォークの情報を拝見して小生も徘徊してみます。

駄知公民館の行事でお世話になったY氏は土岐市観光協会のエライさんとか。氏の持参されていた駄知線関連の貴重な写真集の中味を撮らせてもらい、電気機関車の懐かしい姿に興奮しました。
 

廃線ウォーク 駄知線を読んで

 投稿者:float cloud  投稿日:2017年11月28日(火)17時18分19秒
  こんにちは~、お久しぶりです。
お元気そうで、なによりです。
この廃線と夕立山(滝からのバリエーションルート)のセットで、今年の春だったか、「土岐市探検ウォーク第二弾」(土岐市観光協会主催)が実施され、その様子がブログ「迷盤の日々」に詳しく紹介されていますよ~。
ちなみに第一弾は、あの摩崖仏。第三弾は来月で、多治見境のあの丸山だそうです。
いずれも同ブログで紹介済みですが・・・。
 

廃線ウォーク 駄知線

 投稿者:GG-  投稿日:2017年11月28日(火)11時16分48秒
編集済
   11/26に駄知公民館主催の掲題イベントに参加して来た。
 山神駅跡付近を見てから総合公園に立ち寄り県道66を戻って、橋台奥から竹薮の道を登ったがここは民有地で普段は通行禁止らしく今回は許可を取ったとの事。登り詰めると橋台の端でそこから手入れされた廃線跡ウォークが始まった。この道はNPO法人たぢもんフォーラムを立ち上げたK氏達が補助金をもらって整備しているそうだ。地理院地形図には記されていないのに廃線の狭い道がヤフーやグーグル地図に載っているのが不思議。コンクリート壁や何故か1本だけ放置されているレールを眺め、色づいた遊歩道的な道を進み山が迫ると日帰トンネルであった。近年賑わう定光寺のトンネル群には比較も出来ないがなかなか立派な煉瓦作りである。トンネルの長さは210mで170m辺りまで入れるらしいが入口から10m程に手作りの柵が設けられていた。北側の斜面に踏み跡が有りトラロープも張られ「標高差40m頑張れ」と励まされ山道を行く。僅かだが山登りそのもの。途中に有ったコンクリート柱は駄知線送電線の残骸とか。傾斜が緩やかになって巻くとガードレールの端から県道に出た。舗装道路を下った「だいじん」辺りが駄知側の出口だったらしい。道路沿いの石垣が駄知線の擁壁と言われたが低すぎてピンと来ない。ガイドされたY氏に見せてもらった写真集では深い堀割になっていたので、道路開設で埋められた高さが推定されて納得できた。
 日帰踏切跡から駄知駅を経由し終点の東駄知駅手前で2時間余の行程は終了した。

 駄知では防災訓練が当日行われたそうで、焚きだしの握り飯が残ったので食べて欲しいとの情報が届き全員が公民館へ移動し、思わぬ握り飯と豚汁をご馳走になった。

 駄知線開設に至る話題や中央線ルート決定は明治天皇行幸ルートを尊重したからなど新しい話が聞けて収穫であった。帰宅後検索したらマニアが沢山いて廃線ルートやトンネル情報が溢れていた。
 集合場所へ戻る道ではK、Y氏との久兵衛道路や大名道路(岩村藩の巡回路)の話が面白かった。20数名の参加者は駄知町在住者がほとんどらしく懐かしい駄知弁を聞きつつ、昔ながらの街中を歩くと60年前にタイムスリップした気分だった。

 

願興寺 十二神将展

 投稿者:GG-  投稿日:2017年11月25日(土)18時29分32秒
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   昨夜のNHKローカルで開催中と報じたので覗いて来た。重要文化財・願興寺本堂の全解体修理に伴う特別展とか。本年11月から約9年にも及ぶ工事になるそうで、これが見納めかもしれないので展示仏を拝観してから寺を参拝して来たが着工は未だだった。400年余も経過した本堂は確かに修理を要する状態と見られ、檀家7軒のお寺が総工費13億円のうち1億円を負担せねばならぬと保存会が動き出していた。

 帰宅後検索したら寺は立派なHPを設けておられ、詳しい寺歴や仏像紹介もされていた。拝観は出来なかったが今話題の運慶作と伝えられる阿弥陀仏もあるらしい。

由緒
○弘仁6(815)年 伝教大師(最澄)この地に施薬院(布施屋)を建立し、薬師如来像を奉納安置
○長徳4(998)年 一条天皇の勅願により、七堂伽藍が完成し、山号「大寺山」、寺名「願興寺」を賜る
○天仁元(1108)年、元亀3(1572)年に兵火により焼失するも近隣の人々により天正9(1582)年再興を果たす

追記
22日に訪れた関ヶ原歴史探訪時にガイドされた福島正則軍の先鋒隊長を務めた「可児才蔵」は美濃可児郡に生まれ幼少期を願興寺で過ごしたらしい。

 

松尾山 293.0m  3等三角点

 投稿者:GG-  投稿日:2017年11月24日(金)12時44分34秒
編集済
   11/22にみのハイクの「おれんじの会」で関ヶ原古戦場巡りをして来た。リクェストに応えて松尾山登山?も行程に加えてもらったので感謝。民俗資料館見学を終えてスタートし最近開通したと言う戦国ロード(広域農道)を経由したルートで松尾山山麓駐車場へ到着。ここは東海自然歩道となっていて整備された道であった。道標は松尾山まで1.4㎞40分となってたが我々は休憩込みでほぼ1時間を要した。途中で冠雪の伊吹山を眺め黄葉も一部見られたがほとんどが植林と雑木で感動は無かった。ボランティアガイドの今井さんの話では元々松尾山は関ヶ原以前に築城された山城で小早川はそこを占領して陣を構えたとの事。城郭跡の所為か山頂部は平坦になっていて、三角点乞食としては三角点確認が先なのでガイドさんに位置を聞いたら先着の仲間が教えてくれた。そこは城郭の北端の展望ベンチ脇であった。ガイドさんは山頂を通過して南へ進むので付いて行く。途中城郭の説明が続き、枡形(ますがた)と呼ばれる虎口や土橋の遺構を教えてもらう。南側が大手であったらしく左右の出丸へも案内したい様な雰囲気であった。山頂に戻り関ヶ原を見下ろしながら合戦場の説明を聞いた。小早川軍は一斉に大谷陣へ雪崩込んだとの知識であったが、史実は狭い道を西側に下り大谷軍の背後から攻撃したらしい。徳川勢からの催促鉄砲も能力から弾は山頂へは届かないとか。
 下山後大谷吉継陣跡の松尾山眺望地で昼食を摂り、開戦地、島津義弘陣跡、笹尾山・石田三成陣跡、陣馬野を巡り15:00現地解散となった。
 20年位前に戦跡巡りウォーキングをした筈だが記憶はほとんど無く、懇切なガイドさんのおかげで戦国に想いを馳せる事ができた。お世話願ったHリーダーや仲間に感謝の一日となった。

写真 ① 松尾山三角点  ② 大谷陣跡松尾山眺望地  ③笹尾山解説板

 

永源寺と湖東三山

 投稿者:GG-  投稿日:2017年11月24日(金)12時21分10秒
   高校同窓生恒例の紅葉探勝は掲題の寺巡りとして11/20に行われた。
 紅葉名所として名高いが8名の参加者でも全部参った人は無く、初体験の自分を含め見頃の紅葉を満喫して来た。
 いずれの寺も山の中腹に有るので思わぬウォーキングを強いられたが、苦労して登った先には絶景が待っていた。

 

低山徘徊と権現山リベンジ

 投稿者:GG-  投稿日:2017年11月 8日(水)16時09分4秒
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   7日は好天予報となり、3日の池田山散策時も体調は良かったのでみのハイクの双葉30山巡りの日とした。今回は10/31の各務原権現山の下山ルート誤りが悔しくてのリベンジも予定していたので単独行とした。
 岩田山はWEBで三峰山を含めたサークル登山情報を得てみのハイクの仲間と2012/12と2013/3と続けて登っていた。舟伏山は1998/6にクラブ山行(小津権現の転進?)の金華山雨中登山終了後、雨が上がったので単独で西の水道タンクルートから登ったのが初。2度目は2003/10にみのハイクのバーベキュー大会前にN氏にCLを願って同じルートから登った。山頂東の鉄塔付近からの眺望が開け、彼方の山が岩田山、その先の兔走山(うそやま=続ぎふ百山より)まで縦走可能と山名と共にS氏から聞いた記憶がある。その時は岩田山が随分遠く感じられた。
 みのハイク会報20号の双葉ガイドを参考に千鳥橋南の変形交差点から300m程竹林の道を走る。登山口の巡視路標識を50m程過ぎた竹林西端の小広場に駐車。ガイドの御鍬神社は見当たらず巡視路へ戻って入る。4年前の記憶は薄く急坂の竹林を抜け植林、雑木と植生が変わるシグザグ道を喘登。やっとの思いで26鉄塔に着いて小憩。やや色づいた木々の彼方に舟伏山、金華山、長良川を眺める。背後の小さな岩田山への標識を見て尾根を登る。途中に岩田春日神社への標識が有り薄い踏み跡が見えた。前回通った時は気付かなかっただけだろうか?。里山はバリルートが多い。岩田山山頂270mには大きな板の山名標識が有ったが最高点は立木にビニール紐だけ。春日神社方面への地形図破線の道を確認したら薄い踏み跡があった。展望も無いので早々に舟伏山へ向かう。岩田坂分岐を懐かしく見て初めての道を下って鞍部へ着くと鉄塔巡視路分岐、樹間の小ピークを二つ越えると右への踏み跡が有り地形図の日野北への破線路だろう。60m程の標高差の登りはかなりきつく感じられ、29鉄塔からは平坦路となり蛇首塚を過ぎて僅かな距離の路傍に舟伏山三角点262.0mが有った。地形図と点の記は舟の字が異なる。山名標識も無い不遇の里山で途中でも案内は皆無であった。展望も無いのですぐにUターン。雨乞い伝承の有る蛇首塚は4本の石柱に囲まれて神域の雰囲気。29鉄塔でひと息入れたが樹木の成長で展望は無くなり岩田山の山容確認できる場所は無かった。南の展望地を過ぎて急坂を下る。日野北へのルートを下った方が駐車地は近いと思ったが、ルート情報も無いので次の目標に備えて安全策の巡視路ルートを下る事にした。巡視路は岩田山を巻く緩やかな下り道なので楽観していたら通る人も少ないのか細くて荒れ模様の道が続いて難渋した。26鉄塔で小憩を終えて林道へ戻り、林道北の竹薮を進んだが民家近くまでにも御鍬神社は見当たらずUターン。車にザックを下ろして少し西の石柱へ行ったら石段が有りその上に祠が有ったのでこれが御鍬神社だろう。帰宅後神社庁のHPを検索したが日野の神社はヒットせず、各地の同名の神社は豊受姫神など農業神が祀られているので同様と思われた。クラブガイドを踏査記録されたF氏の所要時間は計95分、自分はのんびりとは言え3時間程要し、彼女の韋駄天ぶりは参考にならなかった。以前に2回集合場所とした兎走山トンネル東の小公園に寄り背中を乾かしながら昼食を摂った。

 記憶も新しい秋葉神社から歩き始め前回谷を横切った先に東登山道の標識を見つけておやおや。その先で下山のオッサンに出会い東尾根ルートの情報を聞くと親切に幻の滝ルート事も話してくれた。言われた通り右山にテープの下がった明瞭な踏み跡が有った。すぐに鞍部に達し踏み跡が北の植林内に続くので辿ったが高度が下がるのでUターン。鞍部右手の微かな気配に誘われて踏み入ったらすぐにヤブ山、これは断念かと踏み跡へ戻ったら鞍部南で見落としていた明瞭な踏み跡を発見した。多少ヤブ道かもと赤布を準備していたが不要の道でヤレヤレ、途中で二人下山者に出会ったのでかなり知られたルートの様だ。100m程の標高差の道は疲れの出た体にはしんどい。樹間の道は展望は無く山火事で黒く焼けた木も散見された。230mのピークは北側から回り込んでいた。ピークの南を巻く場所に荒れた踏み跡が見られWEBで見た岩の道かと思われた。平坦な巻道になったので小憩。平坦な樹林帯を心地良く進むと又緩やかな登りとなり南が切れた展望地が有った。その先が31日に通過してしまったわらび道との分岐であった。わらび道は明瞭な踏み跡になっているが尾根道入口は枯木が数本横たえられていて進入を防ぐ雰囲気になっていた。前回も気付いたが横木が印象に残り下部で巻くかもと思っていた所。ゆるゆると行くと無人の権現山317m山頂に着き展望台東屋で小憩。天気が下り坂のせいか遠望は効かなかった。立冬と言うのに朝から汗だく、東屋の温度計は21℃を示していた。東尾根ルートは確認出来たので東屋の幻の滝(大雨の後だけ出現)写真や登山口で会ったオッサン情報で下山路を変える事にした。山頂南東の踏み跡気配は幻の滝への道かも?。参道を難渋しながら下る途中遅い時間なのに女性登山者に出会った。WEB情報では幻の滝案内標識が見られたが先日も見当たらず、左への踏み跡を探しながら下る。二ツ岩を過ぎた左の明瞭な踏み跡へ入ったら谷へ下る途中に「幻の滝」標識を見て安堵。急坂を下り谷を越えた左岸を上流に暫く登ったが踏み跡も不明瞭となったので断念し下り始めた。時々不鮮明になる踏み跡を探しながら下ると右手に滝状の岩場が有ったが標識無しの為幻の滝とは確認は出来なかった。下部の堰堤で持田洞の名前を知ったがこの谷は山火事被害が無かった様で大きな木も沢山有って深山幽谷の雰囲気がありなかなかのものであった。岩場ルートの標識脇は急坂に薄い踏み跡が見えた。堰堤工事の道が現れ緩やかに下り秋葉神社へ帰着。前回は登山道からの参拝だったので石段を登って参拝。右にも祠が有るのでついでに立ち寄り、恐れながら扉を開けさせてもらったら丸い自然石に仏像らしき姿が刻まれていた。権現山(各務原)はバリルートを二つ辿れて前回のリベンジが叶い満足山行となった。

写真 ①岩田山 ②舟伏山 ③各務原権現山
 

低山散策 2座 池田山・古城山

 投稿者:GG-  投稿日:2017年11月 5日(日)12時01分48秒
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   10/31に出かけた八木山の筋肉痛が癒えず2日間おとなしくしていたが、11/03は余りにも好天になったので家にいるのももったいないと足の痛みを考慮して登り残しの双葉30山で最も楽な2山へ急遽出かけた。
 東海環状道の大垣西ICまで走れば近いと多治見ICへ入ったら一宮周辺の渋滞情報、やはり連休の行楽日和であった。渋滞は適わないので小牧東で下り(250円)尾張バークウエイ、21号経由で道の駅池田温泉へ。ここまで走るだけで2時間も要した。小憩を終えて林道を登り池田山森の駅の駐車場に到着。木々は紅葉を始めていて今年の春同様に伊吹山はデンと横たわり、何時かは池田山から林道沿いの三角点巡りをしながら登ろうと思っている高天神919mが望まれ、養老山地、鈴鹿、霊仙山が青空の下に雄大な姿を見せていた。
 池田山は1995/4に花見を兼ねて霞間ヶ谷から友人達と初登頂、みのハイクで2008/1に登り、2016/1のクラブ山行では大津谷ルート登り始めに体調不良となり揖斐病院へ一晩検査入院した因縁の山。もう無理は出来ぬので楽々ルートのピークハントとした。昼食は戻ってからとして尾根に取り付こうとしたら作業中のオッサン達がいて挨拶。案内を見てと言われたので読んだら、垂井側は私有林で地主達が登山道整備をして来たが高齢の為、登山者に来年から協力金を募りその金で整備したいとの事であった。告知板によれば垂井側は大滝山と言うらしい。又高天神への思いがあるので林道池田-明神線の通行可能時期を尋ねたら12月中頃までとかで「高天神」は急がねば。
 登山道を僅かに登ると色づいたシロモジが陽に映えて美しい光景。喜んで進んだらすぐに植林の尾根道となりあっけなく池田山山頂923.7mへ着いた。三角点を撮って展望台へ上がったら先客2名、気温が高いせいか遠望はいまいちで樹木の成長で限られた方向のみで早々に退散。森の家Pに戻り車からコンロを出して食事準備、家に転がっていて持参したカップ麺の蓋になんと「誕生日おめでとう」の文字が入っていて驚いた。偶然の一致だったが1971年9月18日に発売した世界初のカップ麺「カップヌードル」46周年バースデー記念パッケージであった。なんか自分の誕生日を祝ってもらった気分。食事後展望を楽しみつつ隣に駐車の金沢ナンバーのオッサンと会話。全国を軽で巡っていてパワースポット巡りをしているらしい。友人のS君同様奇特な人で富士山が一番霊気を感じるとか。挨拶を交わして次の目的地古城山へ向かう。林道下山中に再開されたパラグライター飛行を間近に見た。

 はじかみ林道入口辺り地名をナビでセットしたが30数キロ表示だったのに1時間40分も要した。古城山は1999/3に単独で南面から登り、近年クラブ有志とはじかみ林道からの最短距離を登っているがみのハイク双葉30山制定の2014年以前の事で記録が見当たらず時期不明。登山口の案内板で金鶏山とも言われる事を見て今年の干支の山だった事に気付いた。時間も遅かったが短時間の山なのでゆるゆると登る。こちらは標高が低いので池田山の様な紅葉は見られなかった。記憶では稜線に乗った地点を右に登ったのに帯曲輪稜線から案内は左を指している。これは周回道かもと思い込み倒木で止められた右の尾根を登ったら登山道標識の360mピークで西に高いピークが見えていて誤認に気付いた。山頂直下の祠や大桑城の由来碑?らしき背後を登ると記憶の三角点407.4mが有った。林道走行中に見た標識の先の城山展望台は遙か下に見下ろせてわざわざ行く気も失せた。ミニ天守前で展望を楽しみ休憩後下山した。

 気温が高かったので濡れたシャツを着替えて帰宅準備。ナビで自宅をセットしたら美山町方向からが最短だったので未知の林道を北へ下った。林道終点に古い地蔵が鎮座しておられ、整備された林道以前に古い峠越えの道が有ったかも知れない。椿野は高富の地名、はじかみ(生姜)?の地名は美山町側に有るのだろうか?。検索しても「はじかみ」の由来は解らなかった。

写真 ①池田山山頂  ②森の家Pから伊吹山  ③古城山山頂

 

低山徘徊 権現山 八木三山

 投稿者:GG-  投稿日:2017年11月 1日(水)21時01分0秒
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   今年は5月末に東洞岳単独行以降は体調不良、天候不順等悪材料続きで山から縁遠くなってしまった。8月末にみのハイク有志で鉢伏山の超軽山行を最後に途絶えていた。10月例会時にI氏から山行リクエストをもらったので久々に双葉30山の登り残しを消すべく計画し昨日登って来た。各務原権現山は2012/1のクラブ山行、八木山は2000/10のクラブ山行以来で2014/4からの登頂とする双葉30山みのハイク表彰対象外であった。
 権現山の初は98/02に現在の南登山口から登り、北山、芥見権現山を経ていた。古いメモや記憶では山頂の祠裏に標高319.3mの標識が有り樹間の踏み跡を辿って北山へとなっている。2002年4月5日の山火事以前の記憶が僅かに残っていた。
 今回はWEBで調べた東登山口からのルートを辿る事にした。秋葉神社広場からスタート直後右手に秋葉神社、その奥は下山ルートかと確認して左折し階段道を登った鞍部が南登山口との合流点。体調を考えてゆっくり先頭を歩かせてもらう。ほぼ20年ぶりの道の記憶は無く一つ岩、二つ岩を経由し山頂への石段を喘登して多度神社の祠に到着。祠前に山頂標識317mが立てかけられているが背後の方が高くそこには標識は無い。展望東屋を周回して体調回復を待ちつつ休憩。
 下山は山頂から東に派生する尾根を辿って登山口へ戻る計画としていたが、赤布や明瞭な踏み跡に惑わされ辿ったらジグザグに急下降、これは道が違うと気付いたが登り返しも面倒でそのまま下った。林道に出合った南には小さな滝が有った。帰宅後地形図を見たら北山308m東の谷末端で老洞峠間近な場所と推察された。(各務原トンネル表示位置)標識も無くWEBにも紹介されていない魅力に欠けるルートを登る人が有るのには驚いた。(後日調べていたら「わらび道」として紹介されたWEB資料にヒットした。)緩やかな林道歩行後ゲートを越えると県道沿いの廃業喫茶「峠」、右折して駐車地へ戻った。
 ナビをセットして八木山小学校裏の駐車地へ。八木三山は98年以前にみのハイク有志と登っているが記録が見当たらず時期不明。東登山口標識から階段を登ると樹間のジグザク道となり傾斜もきつくないので助かる。所々御嶽教の碑が有り稜線標識から右へ岩場を登ると山頂標識296mに出会った。南に大きな御嶽山大権現と駒ヶ嶽山大権現の碑が有る。日陰を探して昼食を摂る。食後北尾根を僅かに進んだ展望地で山々を眺めた。岩場の道を鞍部まで下り登り返すと緩やかなピークに双子山248mの標識、地形図では山頂丘西端に247m標高点が有るのでWEB上もこの標高表示多い。岩場の急登から八木山を振り返り僅かで愛宕山山頂268.5m。この日唯一の三角点脇には「天御中主大神」ほか神話の神々名が刻まれた碑が有る。小憩後西登山道から下山開始、このルートは数ヶ所の岩場から展望が得られたが記憶に残っていなかった。愛宕神社奥社へ立ち寄り巻道の鉄塔を経由して登山口へ。団地が見下ろせる場所から最近通行可能に戻ったらしい「すその道」を進む。真新しい堰堤下部(藤谷)の標識に導かれて樹間に入ったら登り道となり閉口、最後は下り道となり駐車地へ戻れた。団地内歩行より快適だろうと歩いた「すその道」は起伏が多くなかなかしんどかった。権現山のロスタイムを含め自分ののんびり歩行で下山時間が予定より遅れてしまい、同行願った仲間に申し訳なかった。
 前日は木枯らし1号と報じられ台風級の強風が吹き荒れたが、当日は好天に恵まれTシャツと長袖腕まくりで歩けた。何度も訪れた山々なので大展望にも感動は薄かった。
 権現山の下山ルート誤りが悔やまれて何時かはリベンジせねば。久々で低山なのに不安を抱えつつの歩行であった。
 双葉は残り10座となりなんとか年内に終えたいものだ。

写真 ①権現山多度神社  ②八木山北尾根から愛宕山方面  ③愛宕山山頂

 

山の話と播隆さん

 投稿者:GG-  投稿日:2017年10月22日(日)15時06分20秒
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   槍ヶ岳開山で名高い播隆上人の命日10/21にあたり毎年行われている太田宿小松屋の夕べの講演会の案内を頂戴したので昨夕参加して来た。台風襲来前の雨模様なのに会場は満席の盛況であった。
 講師はネットワーク播隆の世話人でもあられる纐纈具幸氏。

 講演内容は播隆さんが文政6年(1823年)に笠ヶ岳再興を果たした時に整備された幻の登拝道を探す体験談であった。

 笠ヶ岳は文永年間(1264年~)に本覚寺の道泉禅師や元禄年間(1688年~)の円空さんや、天明2年(1782年)の南裔(なんえい)禅師一行の登拝記録があるそうだ。播隆さんは途絶えていた登拝を再開し、開設した笠ヶ岳まで9里8丁の道に阿弥陀如来像を一里塚として8体設置された。昭和の後半から飛騨山岳会、上宝郷土研究会や纐纈氏などの個人的な調査が長年続けられているがそのうち5体は発見されたが3体が不明の為4番目から8番目に至るルートが不明のままになっている。
 今回はその幻のルート探索のために纐纈氏が実際に笠谷を遡行された体験談でとても興味深い話であった。播隆さんが残された「迦多賀嶽再興記」の資料は以前ネットワーク播隆さんから頂いていたがまともに読んだ事が無かったので解説入りの朗読も面白く、探査時の写真などを投影して頂いたので登拝道のイメージが膨らんだ。往時の大衆の信仰心に驚きを感じながらの充実した講演内容であった。

①講演資料
②講師
③示された地図の赤線が笠ヶ岳に至る推定登拝道ルート どれかは幻のまま

 

久々の山の空気

 投稿者:GG-  投稿日:2017年10月11日(水)17時58分23秒
  体調不良やら天候不順、諸々の行事等に追われてスッカリ山とのご縁が途絶えてしまった。

先日、高校クラスメートと出かけた喜寿旅行で草津温泉から志賀高原を抜け、遙かなる山々を眺めて少しは癒された。

2枚目 嬬恋村から
3枚目 志賀草津ルート国道最高点から
 

ドライブの山々 4座

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 8月29日(火)16時59分3秒
編集済
   昨年の夏はフラフラになりながらもなんとか「ニュウ」や「将棋頭山」へ登れたのに、秋以降入院騒ぎ等アクシデント続きで体力も落ちた。山恋しの気分は未練たらしく衰えず、体力相応の遊びができないかと模索していた。そんな中で数年前に雪の大城山をSさんの供で訪れた時に未踏に終わっていた鶴ヶ峰を思い出した。ドライブで行ける高ボッチや鉢伏山を加えた山行をと考えていたが、8月の天気は不順続きで機会が無く予報を毎日検索していたら8/27日曜日のみが好天と判り仲間を誘って出かけた。
 伊北ICから辰野へ入ったらナビが違う方向を示しウロウロ、民家で確認して大城山への林道へ入った。大城山直下へ車で行ける筈なのにゼロポイント標識からの道はヤブめいていたので違う進入路を期待してそのまま走ったら舗装が切れ間もなく鶴ヶ峰へ着いてしまった。道路終点に鉄製の展望台があり登ったら360度の展望が開け、槍・穂高連峰が見えたので感激。南の大城山の彼方には伊那谷が左右の山脈を挟んで望まれたが靄っていたのは残念。しばし展望を楽しみ途中の「日本中心の標」に立ち寄った。刻まれた1277m標高は誤りで、僅か南に1277m標高点ピークが有るが、地形図では1270m等高線の展望台位置が鶴ヶ峰になっていて計測したら1276.4mと出た。山頂到達の感動ゼロで林道を北へ向かう。泥濘の林道は次第に高度を下げたが途中2ヶ所で倒木に阻まれ、除去と脇を難渋して通過。尾根通しの道も有りそうだがやばい林道回避で「しだれ栗公園」へ出て舗装道路となりホッ。勝弦峠からは公園脇の快適ドライブとなり、国道20に合流し塩尻峠を越えて標識に導かれスカイラインに入った。 牧場を左に見てアルプス展望広場の第2Pへ到着。好天の日曜日とあって観光客も多かった。ここからも槍・穂高連峰が望めしばし展望を楽しんで高ボッチ山へ。遊歩道はチップが敷かれて快適。ハクサンフウロやマルバタケブキは多かったが他の花は少なかった。次の目標鉢伏山を眺め、標柱前で集合写真を撮り諏訪湖を見ながらランチタイム。涼風と群舞するアキアカネが心地良い。南八ヶ岳方面は雲が多く諏訪湖の彼方に見える筈の富士山は靄に隠れていた。山頂の標柱は1664.9mとなっているが、地形図は1665mと記載され三角点表示も無い。1974年以前は1664.9m3等三角点点名今井が有った様だが現在は亡失状態で点の記も表示されない。塩尻市のHPも1665mとされているので記録はそれに従った。
 鉢伏山荘Pもかなりの車が有り500円の駐車代を払う。本で知った前鉢伏山を目指したが絵地図案内を感違いして1850m台地に上がってウロウロ、境界の白杭を三角点位置と誤認して徘徊20分程のロスタイム、地形図を確認して道路へ戻り隣の1840m丘を巻いて北へ進んだらた前鉢伏山への標識に出会った。標識からは草むらの中の平坦路で小高いマウンドに三角点(1836.4m)が有った。鉢伏山や美ヶ原を間近に眺め三角点北側広場が休憩地となっていて腰を下ろして水分補給をした。 往路を戻り分岐標識から鉢伏山へ向かったが、緩やかな登りなのに息切れで路肩の丸太でしばらく休み、ヨタヨタの牛歩で登り詰めたらひっそりとした鉢伏山1928.8m三角点台地到着。犬連れの観光客に写真を頼み緩やかに下った展望台脇のベンチで諏訪湖を見下ろして休憩。雨乞い遺跡へ仲間を案内し鉢伏大神も立ち寄り、下山は途中の小屋からのショートカットを考えたが、悔いを残さぬ様にと登りに通過した見晴台ピークへ立ち寄ってから駐車地へ戻った。
 天気予報が3時頃から曇となっていた通り晴れてはいてもアルプス方面は雲に隠れた。帰路に薬師平茜宿で入浴を済ませ帰途についた。高速途中で渋滞情報も出ていたが「神坂PA」で休憩後も渋滞皆無で美濃加茂へ帰着できた。
 おかげさまで今夏のラストチャンスの晴天に去りゆく夏を体験でき同行願った仲間に感謝。

写真 ①高ポッチ山 ②前鉢伏山 ③鉢伏山
 

RE・のんびり・・・・

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 8月28日(月)22時04分2秒
  float cloudさんお久しぶりです。書き込みありがとうございました。
貴兄のご活躍には驚嘆しながらブログを拝見しておりますよ。

小生は体調も整わずみのハイクの「おれんじの会」のお供がやっとの昨今です。
暑さを理由に怠惰な生活を過ごしたツケが回って来たようで、猛省をしているところです。

 

のんびりと・・・

 投稿者:float cloud  投稿日:2017年 8月27日(日)17時53分18秒
  のんびりと、なかなか良い催しでしたね~。
このごろは、こういったものも、してみたい気になっています。
でもこれは、リピート気分にはなれなかった、ということですね。
 

第2回 おれんじの会

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 8月26日(土)21時43分14秒
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  みのハイクのクラブ内団体「おれんじの会」企画の催しが昨8/25に行われたので参加させていただいた。

 近時話題の「ななつぼし」や「しきしま」には手が届かず縁遠いけど、近場の長良川鉄道の「ながら」ならと体験して来た。目的は観光列車ながら乗車体験と郡上八幡散策。

豪華ランチメニュー付きは12000円、我々は分相応に500円の整理券+乗車料金のみでコンビニ弁当で済ませた。関から郡上八幡まで1時間ほど、夏休み人気なのかほぼ満席。景勝地の看板が立つ長良川沿いで一旦停車があり、迷ガイドの車内放送があったが聞き取れず。感想はリピート気分にはなれなかったに留めておこう。

八幡駅前に待機してもらった無料観光ガイドさんの案内で散策予定だったが、土砂降りで吉田川沿いの散策もできず散々、雨の中を少し歩き、安養寺で寺の由緒を聞き宝物館を拝観し這々の体で帰途についた。
 お世話になった皆さんに感謝。雨中行軍のみなさんお疲れ様。

①車窓から長良川  ②レトロな八幡駅とながら  ③宗祇水

 

個人山行 八子ヶ峰 1833.4m

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 8月 5日(土)22時15分7秒
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  7月は前月の退院後の体調は回復せず天気も不順続き、自治会行事に追われる事等で山の空気も吸えずに終わってしまった。そんな中でみのハイク仲間のNさんから暑中見舞いメールが届いた。通院中のNさんも軽い山なら行けそうなので、自分自信の体力にも合わせたのんびり散策を計画しクラブの仲間を誘って8/3に出かけた。
 美濃加茂をスタートし中津川辺りは小雨、恵那山トンネルを抜けても曇天で前途不安。ビーナスラインを走りスズラン峠南の蓼科山登山口駐車場に着いて登山準備の頃、薄日が射して天候回復と展望に期待してスタート。ビーナスラインを横切り樹林帯を縫って登り尾根に達しガスの草原を緩やかに登ると三角屋根のヒュッテアルビレオに着いた。地形図では八子ヶ峰ヒュッテと記されているが経営者が変わって(時期不詳)名前も変わった様だ。標高差130mコースタイム25分なのに35分も要し久々の山は厳しかった。ヒュッテ名の由来を後日調べたら「アルビレオ【Albireo】はくちょう座のβ星。夏の天の川のただ中,白鳥のくちばしにあたる星だが,星名の意味は不詳」とあった。ヒュッテ前の3本足標識に「八子ヶ峰1860m」と表示されていたが八子ヶ峰の山名由来の一つは「幾つもの峰が並ぶこと」なので許容範囲か。ヒュッテから370m離れた位置に4等三角点大石1864.8mが有る筈だが、先人の記録に見落とした事例もあったので絶対見つけたいと思っていた。先行の仲間から声が出て三角点発見。頭部に剥げた赤ペンキが残る石柱が笹の中に埋もれていた。白杭が短く見えて気付かないかもしれないが、物好きも多いのか薄い踏み跡が登山道から派生していた。ガス模様の草原は近年のシカの食害で花も少なかった。アキアカネの舞う緩やかな道を進むと東峰1869mの標柱の立つ台地。ここが八子ヶ峰の最高点であったがガスで遠望無く残念。東峰を過ぎると標高差40m樹間の下りとなる。Nさんはリタイアを告げられヒュッテで待ってもらう事になったが、自分も体調悪化で急に息苦しくなりSLさんに「休んで行くので先行を」と電話した。休憩をしていたら仲間達が戻って来て親切にも中止にしようと言ってもらえたが、自分としては申し訳なく、どうしても三角点峰まで行きたいので復調を待ってスタートした。ジメジメした樹間の道を下り、鞍部から緩やかに登ると石がゴロゴロした平坦な中ノ峰1852m(地形図計測)であった。白樺湖・蓼科湖の案内標識は立っていたが中ノ峰の表示は無かった。情報では展望の開ける場所なので帰路に此処で昼食を予定していたが、自分のトラブルで到着が遅れたので荷物を軽くするためにもと此処で昼食を摂った。展望も得られずのんびりする気分も湧かないので早々に次のヒークへ。ほぼ平坦な草原を進み「しらかば2in1スキー場」のリフト終点のピークが点名八子ヶ峰1833.4m4等三角点であった。ここは登山道脇の草原に白杭が目立つのですぐ発見できたが山名標識も無い。仲間が小生の為にわざわざ待ってくれていたのでお礼を言いながらお先にタッチ。そこから僅か5分先のコブが八子ヶ峰本峰(地形図計測1831m)と称されるピークで壊れて落ちた山名標識が有った。WEBの一部は此処を西峰としたり白樺湖へ下る途中の1757m峰を西峰としている。地形図では三角点と本峰位置に八子ヶ峰表示が有る。岩の間に1本だけマツムシソウが咲いていた。ガスの蓼科山を背に記念写真を撮って早々にUターン、ガスの切れ間から時々八子ヶ峰の縦走路や周囲の光景が見えた。東峰へ戻ったら一瞬蓼科山の山頂が望めたのはラッキー。ヒュッテでNさんと合流後下山は屋根から分かれた道を下り、ダケカンバの標識で往路に合流し駐車場に戻った。
 スズラン峠を越えてビーナスラインを下る途中に蓼科山の全景が見えたので車山付近の駐車場へ立ち寄ったら既に隠れていた。遠望は効かないが緑溢れる高原ドライブは毎度の事ながら心地良かった。2013/8に訪れたガボッチョが美しく横たわっていた。霧の駅で休憩後「池のくるみ」へ下り、約2キロでロベンドヒュッテ向かいの駐車地へ到着。踊場湿原一周1時間程なので空身で舗装道路を200m程進んだが、広い湿原は望めたものの花の気配は遠目にも感じられず天気も悪く周回価値も無かろうと湿原標識の位置で周回は断念した。ヒュッテ横から湿原へ少し入ってみたが花は少なかった。
 最後の楽しみである片倉館千人風呂へのルートはナビの示した霧ヶ峰農場経由で下った。馴染みの片倉館だが仲間の数名は初体験とか。汗を流した後の屋外の風が心地良かった。帰路は混むかもしれず本館前で解散とし帰路についた。
 体調不良の自分を気遣ってくれた仲間達に感謝の散策山行であった。
 

岐阜 歴史探訪

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 7月 3日(月)20時09分43秒
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   みのハイク内での高齢者対策としてクラブ内のサークルとして「おれんじの会」が発足し、第1回が6/30に行われたので参加させて頂いた。
 今回は発起人のHさんの企画による金華山山歴ものがたり 散策コース。9時少し過ぎてから仲間10名とボランティアガイド光村善雄さんの案内で小雨の中総合案内所をスタート。岐阜は長良川の扇状地とかを聞き、岐阜公園の天下布武の碑や山内一豊の碑を経て信長公居館跡の発掘現場へ復元冠木門から入る。長年発掘調査が行われている事は知っていたが初めての訪問で興味津々。居館は信長の迎賓館であった事、随所に池が作られ人工滝が設けられていた事、織田秀信(幼名・三法師)の関ヶ原前哨戦による敗北消失等興味深い話が沢山聞けた。大熊重信と吉田茂の関係を聞いてから正法寺の大仏へ。狭い参道から入って到着、この大仏は小学校6年の修学旅行以来60年ぶりで記憶は失せていた。大仏は天保3年(1832年)開眼の日本一の乾漆仏で高さ13.7m。大仏前の椅子に座って拝観すると目線は全ての参拝者に注がれていると解説された。次に訪れたのは斎藤道三菩提所である常在寺。この寺は全く知識が無かったが本堂で和尚が解説してくれた。それによれば我々の道三イメージは司馬遼太郎の小説「国盗り物語」に洗脳されていた様で史実とはかなり違うらしい。妙照寺は竹中半兵衛の屋敷跡で土塀は往時のまま、境内に信仰した稲荷が祀られていて、松尾芭蕉も滞在したそうで句碑「宿りせむ あかざの杖になる日まで」が有った。
 昼食は岐阜公園総合案内所で摂ったが、この頃から予報通り雨が上がり川原町散策へ出かけた。江戸期の町並みが美しい人気の観光スポットでここも初めて訪れたので興味深かった。川原町で見た珍しいお札は泥棒除けのまじないとか。石川五右衛門の命日(異説あり)との説から関西ではかなり行われているらしい。帰宅後ネットを見たらこんな記述があった。
「石川五右衛門の命日に12月12日と書いた札を逆さまに貼る習慣があります。天下の大泥棒が亡くなった日にちなみ泥棒が入らないようにするための魔よけとして伝わっています。 昔、屋根から進入する泥棒に逆さまに命日を見せて大ドロの命日くらいは仕事を休めと戒めていたとのことです。」
 長良橋を渡り長良川右岸を歩いて鵜匠の住居を覗きうかいミュージアムへ。霧に包まれた船伏山は長良富士とも美濃富士とも言うらしい。見学を終えたら2時半となり玄関で記念写真を撮り解散となった。

 

南信州ピークハント 4座

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 6月19日(月)12時38分3秒
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   不覚にも体調を崩し月始めに短期入院をしたので、いささか旧聞であるが備忘録代わりにUPしておく事にした。

 昨年7月に八嶽山を終えてからトライする計画であった天ヶ森・とうじあげ山(伊那谷の山サイトで知った山で名前に魅せられていた。)は時間切れで登山口偵察のみに終わっていた。秋に再度と願っていたが都合で断念となり懸案であった。梅雨入り前の晴れ間にと6/5に山頂間近まで車で登れる展望の山を併せてみのハイクの仲間とピークハントに出かけた。

①庄田山  しょうだやま  966.5m  3等三角点
 新井展望公園の標識に導かれ国道を左折し、案内板に従って走ったが名高いビュースポットに向かうにしては狭い林道が続いた。到着した公園の駐車余地は数台分で狭かったが極楽峠パノラマパークに似た大パノラマが拡がっていた。5/20の陣馬形山の光景に比べ雪は減ったが中央アルプスから伊那谷を挟んで南アルプスまでの展望に感動した。山名案内板で山座同定をしばし楽しんだ。大きな標識は標高816mと記されていたが地形図は820m等高線である。展望を楽しんでから上部へ走り舗装道路が切れて僅かな距離が林道終点。同じ実線続きで地形図では解らないが930mのコブを巻いた辺りで地形図の庄田山表示北の平坦地の様だ。数台の駐車スペースだが転回も楽では無かった。林道脇西側に祠があったので参拝後はっきりしない尾根伝いに進んだら林道の先から続く作業路と合流した。参考書は三つ目のピーク15分、WEB情報では5分とされハッキリしない。作業路右に幾つもコブが続き確認しながら仲間と進んだが道は何処までも続いていた。山頂まで短時間の筈なので単独で戻り薄い踏み跡を辿った2つ目で三角点を発見し仲間を呼び戻した。松の多い雑木林で展望も山名標識も無くて達成感に乏しい山であった。帰路に確認したらヤセ尾根を過ぎ右手最初のピークが三角点であった。下山した新井地区を過ぎた国道はすぐに下條村から阿南町に入る。

②弁当山  べんとうやま  981.5m  3等三角点
 国道151を南下消防署を過ぎると右手のスーパー「ナピカ」駐車場に大きな「弁当山公園」の看板を発見し右折。最初は案内標識が続いたものの標識は途絶え狭い林道が続き凄い道であった。すれ違い不可能な狭さで路上の小枝を除けたり、ハンドルを切り間違えたら林道脇に転落かとの恐怖で不安になりながら進んだら標識が出てきてホッとしたらやっと山頂下の公園広場に着いた。対向車が無かったのが幸だったが、こんな道で観光施設は頷けない。すぐ上に大きな鉄骨の展望台が設置されていて「弁当山で弁当を」との計画通りザックや弁当持参で三角点へ。砲台状の草地の真ん中に三角点が鎮座、木立に遮られて展望は僅かであった。日射しが強いとの声も有ったが展望を肴にしようとペンキの色が新しい螺旋階段を上り詰めたら360度の展望が拡がっていた。新井公園で雲に覆われていた御嶽山も見え、中ア・南ア、南には県境の茶臼山が望め、左に最後に訪れる予定のブナの峰牧場らしき山が見え、次に目指す天ヶ森の山塊は堂々とした姿であった。セブンイレブンの「しらす御飯」がこの日の弁当。心地良い風を感じながら楽しいランチタイムを終えた。望遠鏡で山々を眺め此処でも山名標識で山座同定を楽しんだ。
 帰宅後珍しい山名の由来を検索したら
むかーしむかしなあ、北信濃にデエダラボッチという大男がおったんな。 デエダラボッチが活躍した有名な話をしっとるだみんなは。富士山と八ヶ岳がけんかした話なあ、 あれで八ヶ岳が悲しい思いをしたむんでデエダラボッチが海から島ひとつ担いできて八ヶ岳の体裁をととのえてやったんだっちゅうがなあ。そのときに島を持ちに行ったのが今の三河湾だったということだったんな。そいでなあ、その時に「どっこいしょ」と一休みして腰掛けたのが飯田の風越山、肩からどっこいしょと降ろしたオムスビの包みを広げたのが「阿南町の弁当山」っちゅうわけな。つつみをなひろげた拍子に オムスビひとおつ転がって「ろんごろん」ところがって深見の平らにくすがってしまったのが 今の深見の池だっちゅうに。そいでなあ何時の頃からか弁当山 弁当山 となったんな。

③ 天ヶ森  あまがもり   994.0m  3等三角点
 国道151は和知野川までどんどん下り又標高差400m程をループやトンネルで高度を上げると新野の盆地に着いた。昨年八嶽山の後に偵察した道は大回りになるのでナビをセットした諏訪神社から林道とうじあげ線で天ヶ森を目指す事にした。国道を左折した場所でオッサンに道を確認、天ヶ森はご存知無かったが左上に聳える山がとうじあげ山で地形図を見せたら道は行けるとの返事で安堵。舗装はされているものの諏訪神社先からの林道は急峻であったが距離は僅か1.5㎞で林道大久那線に合流、そこはとうじあげ山登山口のフェンス脇であった。今回は天ヶ森を優先したいと思い林道を北へ進んだ。前年の偵察場所を過ぎると林道はどんどん下って行く。WEBでは林道から10分や15分の情報も有ったが山の西側は急峻で取付場所不明。地形図では尾根北端からが傾斜は緩そうだが、林道に駐車スペースが無くて山の東側へ回り込み一軒家の先でUターンし新野4㎞の細い林道分岐南の屈曲部路肩に駐車した。3つ目にして初めて登山らしい山なので一部空身もいたがザックを背負って尾根突端に向かった。取付きは尾根西側法面の微かな踏み跡気配からで強引に数m登って尾根に乗ったら薄い踏み跡が有った。雑木のヤセ尾根を登り15分程行くと平坦地形となりトトロの森の雰囲気が嬉しかった。急傾斜を登った細い樹林尾根の東端に三角点が有り取付から30分弱であった。樹林に囲まれて展望は無く、少し尾根の東が僅かに高くて最高点(地形図計測994.5m)らしかったが同じ様な樹林続きなので立ち寄らず下山した。トトロの森を楽しんで林道に下り立ち駐車地へ戻った。

④とうじあげ山      1132.4m  2等三角点
 自分の車には天ヶ森の山名は出たが林道やとうじあげ山は表示されないので、地形図を片手に道路の屈曲を判断しながら戻り右手の尾根が間近な路肩に駐車した。この山も10分で到達出来る予定であったので全員空身で道路脇から植林の斜面に取り付いた。この取付位置を予定地と誤認していたので後でエライ事になるとは想像出来なかった。植林斜面は広く念のため赤布を結びながら左の高い位置へ向かったら稜線上は阿南町と天龍村の境界杭が続いていた。辿り着いた峰が山頂の筈なのに三角点が無い。地形図も読み切れず方角が違うかもとUターン。戻ればどんどん低くなる頃「先刻のピークの先に尾根が続いていたが?」との仲間の話が出て再確認してみようと又登り返した。先刻のピークを経て鞍部から南東へ僅かに登ったら草つきの広場となり中央に三角点が鎮座していた。周囲は樹林で囲まれて展望は無いが、仲間の協力で一時は諦めかけた山頂へ到達できてバンザイ。全員の記念写真を撮り下山開始。計画では登り10分の予定がロスタイムが多くて1時間弱、下山30分弱を要した。帰宅後地形図を見直したら誤認ピークは1120m峰であった。疲れた仲間には山頂北の鞍部より右に見えていた林道へ下ってもらい、1120m峰の巻道を辿って駐車地へ戻った。仲間が待っているので靴も履き替えず林道を5分程走った広い路肩の有る場所で合流した。そこが予定していた最短距離の登山口であったが何の表示も無かった。
 下山時刻が予定より大幅に遅れていたので、最後に予定していたブナの峰牧場上の点名妙字は又の機会に譲り温泉もカットして道の駅で休息後帰路につく事にした。
 往路に登った林道とうじあげ線は狭いので、昨年偵察時に走った林道大久那線を下り国道418に合流して「道の駅信州新野千石平」に着いた。名前の通り山間に拡がる平坦地は千石平の名に相応しい光景であった。ここで精算を終え国道418の売木トンネルを抜け売木村から平谷村経由で走り、岩村のコンビニでコーヒータイム後解散した。恵那から高速を走り可児への帰着は18:45になってしまった

写真 ①新井展望公園から  ②天ヶ森山頂  ③とうじあげ山山頂

 

クラブ山行 瓢ヶ岳 1162.6m

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 6月 6日(火)21時27分14秒
   毎年6月第一日曜日は労山統一クリーンハイクの日である。みのハイクではこの日に併せて瓢ヶ岳の登山道整備と清掃も兼ねて実施される事が恒例となっていた。6/4今年もお世話になっている関市役所駐車場の清掃が早朝6時前から開始され、7時前にリーダー挨拶をもらい車10台連ねてふくべの森へスタート。中美濃林道口で登山準備、デポ車をふくべの森へ駐めて戻ったら既に登山準備は終了していた。
 リーダーの指示で草刈り機部隊を先頭に山頂へ向けてスタート。一般会員は登山道周辺の小枝や笹を刈りながら進んだ。登山口標高はすでに1000mもあり、ここ数日続く爽やかな風が緑の樹林を吹き抜け、ホトトギスの声が初夏到来を告げていた。主稜線に達するとシロヤシオが迎えてくれる年が多かったが今年は花期が終わったのか数輪残っていただけであった。奥瓢の切り開きから今年も伐採が進む今淵ヶ岳や伊吹山、養老山地を眺め、起伏を繰り返して作業をしながら山頂へ到着。しばし涼風の中で展望を楽しんだ。白山は雲に覆われていたが、御嶽山や中央アルプスは綺麗に見えた。集合写真を撮ってからB班は骨ヶ平から南岳までの伐採に先行出発。我がA班は山頂周辺を刈ってから骨ヶ平まで登山道脇の笹を切りながら進んだ。昨年はもっと繁っていた記憶だがその後かなり刈り込まれていて歩きやすい道になっていた。遅れて骨ヶ平へ着いたら大多数が南岳への刈り込み応援に向かっていた。周辺を刈っていたら作業を終えた仲間が戻り、展望台を綺麗にしたので御嶽方面の展望が抜群になったと聞いた。
 例年通り緑陰の骨ヶ平での昼食を終えて下山開始。草刈り機隊が先発し沢分岐からの山腹道を機動力を使って刈り込みながらの下山であったが、草刈り隊のご苦労に感謝しながらも後続は殆ど申し訳程度の作業しか出来ず申し訳ない事であった。
 ふくべの森東屋では先発隊数名が既に冷えたスイカや飲み物を準備して頂いていて、ご馳走になってからリーダー挨拶で現地解散となった。
 駐車場清掃参加者7名、登山道整備クリーハイク参加者42名 早朝よりお疲れさまでした。

写真 ①山頂より高賀山方向 ②③骨ヶ平緑陰光景

 

個人山行 東洞岳 1052.1m

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 5月30日(火)17時05分17秒
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   みのハイクの双葉30山選定の際に短時間で登れる郡上の山として東洞岳を入れた。自分は1996/10の初登頂を含めハシガ洞左岸から3回、相谷トンネル南から1回登っていたが、クラブの表彰対象は制定された2014/4以降しか認定されない為改めて登らねばならなかった。選定時から次回登るなら「ひとり山歩き・・」さんのブログ(2013/6)に記載された南尾根を辿ってみたいと願っていた。この山へ登ったのは紅葉や落葉時だったので新緑の頃にと思っていたがズルズルと日にちが過ぎてしまい、5/24のみのハイク例会時Kさんから和良もヒルが出ると聞いたのでこれは急がねばと思い立ち、5/28に単独で出かけた。
 往路のみ高速を走り美並経由で和良へ入った。ブログ記載の登山口を散歩中のオバさんに確認して石捨広場に駐車。林道脇の登山口を偵察したら沢東の尾根がルートの様で植林の踏み跡へ入った。広い作業路を進み僅かな距離の終点から北側の尾根を目指して急傾斜を登る。アキレス腱が悲鳴を挙げそうな斜面は植林境の右手の灌木に掴まり進む。尾根に達すると明瞭な踏み跡が続きビンクテープが括られていた。短い笹は有るが緑に包まれながらゆっくり登り840mで平坦な尾根地形になった場所で休憩を取る。西側の展望が開け風が心地良い。大洞山や市島らしきピークが望まれた。平坦地は僅かで又傾斜を登り詰めると943mのジャンクションピークで大きな赤布が結ばれていた。狭いながらも明瞭なピークで展望もまずまず。ここから山頂までは1.3㎞、僅かに下ってからはゆるゆると樹間を登る。木漏れ日が美しく緑のシャワーと言った雰囲気。途中から赤布が目立ちこのルートを辿る登山者は多いかも。北からの広い尾根と合流してやっと山頂に到着。樹林の東端にひっそりと三角点が有るだけで山名標識は無かった。以前訪れた時からソエ谷を挟んだ東の長い尾根に関心を抱いていたが、山頂からそこを改めて眺め歩けた喜びが湧いた。「ひとり山歩き・・」さんのブログでは2時間10分位とされていたので2時間40分で着けないかと期待して計画したものの3時間20分余も要した。今の体力ではこれが精一杯、なんとかバテずに着けたのを良しとしよう。(古い記録の1052.0mと標高が違うので調べたら2014/3の標高改算で変わっていた。)御嶽山は雲のせいか確認出来なかったが遙かな笠置山等を眺めて昼食とした。
 山頂台地の美林を目に焼き付けて下山開始。当初計画は南尾根往復としたが、単独であり疲労困憊になってもと安全策の積もりで、経験が有り短時間で下山可能なオンボ谷へのルートを選んだ。小笹の踏み跡を下ると記憶の岩の累々たる門を通過、このルートは往路に見られたテープ類が無いのがおかしいなと思いながら進む。直進すれば尾根分岐に至る記憶であったが、前回歩いたのは2005年の事なので記憶は失せていつの間にかルートを誤り、直進すべきを西へ派生する植林の急傾斜尾根に入っていた。こんな景色は記憶に無いがと思いつつ、下ればオンボ谷へ出られる判断で踏み跡を辿ったら沢に出会ってしまった。地形図を見ても現在地判断が出来ず沢沿いの微かな痕跡?を難渋しながら下り、何度も狭い沢渡渉を繰り返し微かな記憶の地形に出会ってしばらくでやっと林道へ出た。「みんなで築こう豊かなみどり」の看板が谷の右岸に有り人里へ戻れてホッとした。林道へ出て下った沢がハシガ谷(洞)であったと気付くお粗末さに反省。水分補給と握り飯1個を食べて休憩後駐車地までの林道歩行が疲れた身体に辛かった。帰宅後計測したら2.7㎞に54分も費やしていた。朝出会ったオバさん以外最初から最後まで不思議な事に誰にも会わず、世間で騒がしい熊に遭わなかったのは幸であった。

 下山時の迷い反省から帰宅後WEB検索したら色々なルートで登られていたが、近年は東洞の相谷トンネルからイノ洞を併せて登るのが主流の様で、オンボ谷からはfloat cloudさんやヨッセーさんなど数例しかヒットせず、「続ぎふ百山」で紹介されたハシガ谷左岸からのルートは距離が短か過ぎるのか忘れられた存在の様だ。2004/12の記録を探し出したら東洞岳から830m標高点尾根を経由した下山時間は1時間弱で(登りは1時間半)、今回の2時間弱は倍かかっていた。今回の主目的の南尾根ルートの記録は「ひとり山歩き・・」さんのみでもったいない。

 続ぎふ百山には「オンボ谷は御法(ゴボウ→オンボウ)の転化したもので昔寺院がこの谷にあった事を意味しているという。鹿倉には寺田、寺屋敷の名前が残されている。」と記され和良の先住民族移住経路であったらしい。地理院地図はオンボ谷になっているが明治38年の「点の記」はヲンボ川と記され鹿倉で見たバス停もヲンボと表記され字が違うので語源は?。
 続ぎふ百山では「細く高い雑木林のはるか向こうに、重畳と幾重にも折り重なる波濤のごとき飛騨や美濃の山々が語りかけてくるのが聞こえよう。」と結ばれているが何度訪れてもそんな名調子にピッタリの光景に出会える大好きな山である。


写真 ①山頂直下美林  ②山頂から辿った南尾根を眺める  ③山頂

 

RE・薬研山

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 5月25日(木)21時04分34秒
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  美濃一人さん いつもお世話になります。拙い書き込みをご笑覧ありがとうございました。

恥ずかしき失敗連続をわざわざ載せるのもと考えましたが馬鹿な見本も「マッ!良いか」とカキコしました。みのハイクとしては毎月数回魅力的な山行が実施されていますが、衰えた自分の体力ではもはやお荷物になるばかりで参加自粛続きとなりました。老骨の低山巡りに付き合ってもらえる仲間も少なくて必然的に単独が多くなり今に捜索依頼放送が流れそうな「徘徊ジジイ」です。無理をしないで安全第一にと彷徨っていますが、感ピュータ頼りなのにこれが相変わらず間違いだらけで情けないことです。

薬研山は登頂意欲が湧いた山でもありませんが、地形図に名前が載っているのでどんな所かなとの野次馬精神だけでした。最終的には先人のレポ頼りとなり、いつもの様に独創性に欠ける事しかできないのがちょっと悔しいですね。歳を考えれば今更挑戦的な事もできませんが。

添付写真は薬研山の誤認ピークです。ケルンに惑わされ、手前の石コロが保護石かと間違えました。

 

薬研山

 投稿者:美濃一人  投稿日:2017年 5月24日(水)22時25分29秒
  こんばんは。GG-さん、近頃すごいですね。

山頂に標石が2個あったので不思議でしたが「東京鑛山監督局」のものとのことで納得です。
三角点の周りが綺麗になっていますね。

2006年の7月に行っていますが、あの頃は真夏でも歩いていました。
ヒルもダニも気にならなかったのは、いなかったからでしょうか。
 

蛭川・福岡の三角点巡り 3回目

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 5月23日(火)16時48分10秒
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   3/16の蛭川低山巡りの際に時間切れで薬研山を断念、3/18に山之神リベンジ・一之瀬を終えて挑んだ薬研山は地形図誤認で敗退に終わり、帰る前に進入林道方向を変えて登山口を偵察しヒトツバタゴの咲く5月にリベンジしたいと思っていた。暑くなるとの予報の中宿題を終えるべく5/21に出かけて来た。

①リベンジ薬研山 失敗
 恵那峡大橋を経由して蛭川へ入りヒトツバタゴ自生地の標識から長瀞の天然記念物を訪れ、満開の花を楽しんでから旧黒瀬街道からの林道へ入る。3月の偵察時より草木が伸びて荒れた道をゆっくり1.5㎞走り登山口到着。踏み跡は明瞭、右は茸山で「無断入山罰金百万円」の恐ろしい札がビニール紐に括られていた。緩やかに下ると入口から5分で十字路の山道、南の530m峰の東山腹を巻いて行く。尾根に出会い少し右へ登り又鞍部目指して巻く。北のピークへ登ったが何も無いのでUターンし南のピークへ緩やかに登った。後から思出せば地形図に薬研山表示のあるピークで、ケルンが積まれ手前には保護石らしき石が並んでいた。薬研山のWEB資料は少なく「雲よりも高く」さんのデータ記憶は登山口から20分となっていて、自分は25分を要したのでケルンに惑わされてそこが山頂と思い込んでしまった。尾根は2方向へ分かれ地形図の三角点位置と似ていて樹林が遠望を遮るので近くの高いピークは確認出来なかった。(帰宅後標高検索したら554m)小憩後石の周辺をストックで突いたり小枝で浅く掘ってみたが三角点発見に至らず、何処かに埋没しているに違いない、改めて道具を持参して再訪もと考え未練を残しながら下山した。狭くてUターンもままならず古寺林道まで進み岩寿荘の横を抜けて県道408へ出た。

②点名東山 416.7m 4等三角点
 新道峠南間近の細い道を地形図を眺めながら入り登山口らしき場所に駐車。明瞭な踏み跡へ入り緑の美しい樹林を緩やかに登ると平坦な山頂地形となったが、三角点は南へ少し下った空間斜面に有った。登山口へ戻ったら東に鳶岩巣山が望まれた。

③点名御所平 380.7m 4等三角点
 鳶岩巣山の東へ回りヒトツバタゴの咲く東山温泉からの鳶岩巣山取り付きを偵察後、湯之島ラジュウム鉱泉をセットして御所平登山口へ向かう。峠地形手前の路肩に駐車してスタートしようとしたら何処から付けて来たのか車のオバサンが「路肩が狭く危険なのでもっと先の広い所に駐めよ」と文句を言う。もう一つ「何をしに来たのか?」「山登り 三角点探し」「ここらは個人所有の山なので地主の了解無しに登るのはいけない」と頭に来る会話となった。理屈では反論も出来ず車を移動したら広い路肩に待っていて「此処だ」と指示して帰って行った。気分を害したがここで諦める事も出来ず無断入山を心で詫び、取り付きを探しながら進み右手の踏み跡へ入った。倒木の多い樹林を赤布を結びながら緩やかに行くとここも平坦な山頂地形、最高点には三角点は無く付近の高山区境界杭が三角点白杭と紛らわしい。ウロウロ探したら少し外れた位置に有った。

④点名高山 316.3m 4等三角点
 峠でUターンして御所平集落へ移動。カーブ地点上の民家に駐車許可をと訪れたが不在の為カーブ路肩に駐車。至近距離なので赤布だけ持参して猪檻横から踏み跡を辿った。ここも緑の濃い樹林帯を行く。地形図通り山頂台地を外れた空き地に鎮座していた三角点は金属製であった。

⑤点名若山 384.2m 3等三角点
 若山集落を通るとヒトツバタゴを前景にした恵那山がボンヤリ見えていた。点名若山近くを抜ける道は両側山林の中を通りイメージと違っていた。立入禁止看板の林道らしき横から右手の樹林へ入り少し南へ進んだら作業路脇の白杭横に鎮座していた。樹林で展望も無くすぐ脇は林道の広場でこの日唯一の3等三角点なのに拍子抜けであった。
 薬研山の三角点が見つからず不満を残しながら帰途についた。多治見の最高気温は33度だったらしいが山では暑さの実感は無かった。
 後日古い道路地図を開いたら蛭川と思っていた御所平・高山・若山は旧福岡町と判った。

 帰宅後薬研山を再検索したら百草丸さんのブログに詳しく載っていて、山頂と思いこんだケルンのピークは山頂ひとつ手前で、失敗が悔しくて翌日再々挑戦する事にした。

5/22 リベンジ・リベンジの薬研山 557.4m 4等三角点
 蛭川への道はいつも恵那峡大橋経由としていて大回りと思えてネット検索したら大井ダム下東雲橋から博石館経由が最短距離と出た。当日恵那病院を過ぎたら蛭川の標識に気付きネットと違うがと思いながら走った。この道は東雲橋の老朽化などに伴い、近隣の西側に並行するような東雲バイパスが事業化されて、2015年(平成27年)8月21日に同事業の2工区の東雲大橋が開通とされ、展望の良い快適な道が続き長瀞のヒトツバタゴを右に見下ろして蛭川へ入った。
 登山口を通過して林道先の広場でUターンして戻る。前日通ったばかりで道の不安は無いので順調にニセ山頂へ着いた。地形図で方角確認し樹間斜面を下る。ケルンまでしっかりしていた踏み跡は薄いが色の褪せた残置ビニール紐は登山者の痕跡かもしれない。鞍部から標高差20m程は植林の急傾斜、登り詰めた狭いピークが三角点の鎮座する山頂であった。情報通り東鑛山三角点が並んでいた。WEB情報以降2014/03に標高改算されたので現在は10㎝高くなっている。展望は梢越しに南が少し有る程度。念願成就を喜び小憩後下山した。

写真 ①御所平  ②③薬研山山頂
 
 

展望の山 陣馬形山 1445.4m

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 5月21日(日)21時48分39秒
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   5/20に予定されたクラブ山行傘山は松川IC出口で思わぬアクシデントが発生し協議の結果中止となった。皆昼食を用意していたのでせっかくだからとほぼ全員はSさん提案の陣馬形山へ行く事になった。この山は帰宅後調べたら2005/7のクラブ山行時に登っていた。当日はバスで山頂間際まで走ったが、梅雨明け直後のガス模様の天気で展望は無く、樹林の山頂で昼食を終えた記憶が残っていた。
 ナビに導かれカーブを繰り返して山頂手前の駐車地へ着いたら中央アルプスの全容が望まれて息を飲んだ。大展望にしばし感動しながらカメラを向けた。山頂で食事できる様にザックを持って移動。山頂キャンプ場には沢山のテントが張られ、広い木製階段を登ると露地の真ん中に三角点が立ち、西には伊那谷を挟んで中央アルプスが拡がり、東は小枝が鬱陶しいが南アルプスが望まれ感激。大勢の観光客がいて2005年の雰囲気とはまるで違っていて時の流れを実感した。今まてで一番の山と冗談を言いなから自分は南アを眺めながらランチタイムとした。食後三角点北に連なる2ツのピークの探索に物好き連中数名で出かけた。小笹の中に踏み跡が続きヤマザクラ越の中アは望めたが北端も甲斐駒らしき山容が樹間から望まれる程度であった、2ツのピークは地形図の1440m峰で帰宅後計測したが三角点標高は超えていなかった。
 名残を惜しみつつ山頂を後にして皆が道の駅花の里へ行くと言うのでナビをセットして下った。休憩後買い物も無いので数日前にHさんが是非と紹介してくれた喫茶店「山ぼうし」を目指す。少し道を間違えたらとSさんの車が着いていた。他のグループは道の駅で持参のコーヒータイムらしく全員来たら混むからと慌てる必要は無かった。二つのアルプスを借景としたコジヤレた店であった。オーナー夫婦は山好きと聞いてた通り注文より先に山談義となり、Kさんに注文の取り纏めを依頼する始末であった。店舗前で写真を撮ってもらい帰途についた。
 登山断念で観光の日となったが好天の中、憧れていた光景に出会えて超満足の日となった。

写真 ①陣馬形山から 中央アルプス ②陣馬形山から 南アルプス ③山頂光景

 

個人山行 簗谷山 1213.6m

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 5月18日(木)12時34分34秒
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   2015年5月にみのハイクのF氏と花を求めて登った時の印象が強くて再訪を願っておられたので、可茂地区会員懇親登山としてS氏に企画をお願いして5/17に出かけて来た。2015年は秋にみのハイク山行も行われ素晴らしい紅葉を満喫した山でもある。
 美濃加茂を起点にして関・金山線経由で現地へ向かった。心配してた駐車場は先着が数台有ったが余裕があった。準備後F氏の先導でスタートしたが元気な仲間達に付いて行けず情けないが体調を考えてのんびりとマイペースで登らせてもらった。遠目で花期は終わったと思えたクマガイソウはまだまだ最盛期で嬉しや。しばし全員撮影タイムを過ごした。目映い新緑の登山道を登って小鹿涙滝前でザックを下ろした。ヤマシャクヤクの姿が見えないのでこちらは終わったかもと思えたが白い花が見えたので斜面を下った。近寄ったら数は少ないが花が残っていてラッキー。滝から少し登ればシロヤシオに会えると思ったのに今年は未だ開花しておらずガッカリ。春先の寒さが遅れた原因かも。先行する仲間達の声が稜線上から聞こえたがのんびり登る。展望の失われた南尾根展望台付近から傾斜が緩くなりホッ。この付近のシロヤシオは少し咲き始めていた。樹間から山頂部が雲に覆われた御嶽山が望まれた。雲量も多く岳美岩へわざわざ訪れる事も無かろうと直接山頂へ着いたら、仲間達は岳美岩へ立ち寄ってから既に到着しておられた。岳美岩往復をカットしても山頂到着が7分程遅れ、自分の体力の衰えが実感されてガッカリ。山頂に散らばってランチタイム。曇模様で展望はいまいち。乗鞍岳や残雪の北アルプスの一部が望まれたものの感動する程でも無かった。下山はブナノ木平経由、単独女性が一人登って来られ山頂で会った二組が追い抜いて下山。ブナノ平を過ぎた場所でストップ要請をして立ち休憩。水場で小憩後下ったら2015年には少なかったヤマシヤクヤクがかなり見られたのでまた撮影タイムを終え駐車地へ戻った。下山後は久々に金山温泉で汗を流して帰途についた。
 予備日なしの一発勝負、心配した天候もまずまずの天気に恵まれ、花期遅れかと半ば諦めていた花々にも会え、これはリーダーS氏の強運のおかげか?。仲間のペースに付いて行けずオチコボレで迷惑をかけたが、なんとか無事下山でき、文字では書ききれない鮮やかな緑の世界に浸れた満足の一日であった。


写真 ①クマガイソウ  ②山頂から御前山と雲に覆われた御嶽山  ③下山路にて

 

個人山行 高時山 1563.7m

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 5月 7日(日)17時28分29秒
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   連休中はどこも混雑するので近年は自宅引きこもりが多かったが、みのハイクの仲間と13年ぶりの高時山で5/5に遊んで来た。連休渋滞回避の為近場で楽して登れる山として、新緑と展望期待で選んだ。2004/8月は曇天ながら「高時山の山頂が切り開かれた」との小秀仙人さんからの情報を聞き確認の為登っていた。自分には4回目の高時山であったが、下山時に仲間に聞いたら全員初登頂と聞いたので偶然選んだのにラッキーであった。
 木曽越林道も久しぶりなのでネット情報を事前チェックして国道から林道へ入った。すぐにダートとなり5名定員いっぱいで動きも悪く4駆に切り替えて時々車腹を摺りながらノロノロと走った。前回の林道終点1350mは唐塩山登山口でも有ったが(ここまでの林道は当時の地形図に記載無し)、延長され今の地形図は1370mピーク北側の鞍部付近まで記載されている。しかし道は更に延びて木曽越峠を削って北へ回り尾根を横切って1434m峰の南尾根方向へ下っている。旧終点の広場は残土が盛られて訪れる度に光景が変わっていた。しばらく平坦な林道も1370mピーク手前からは下り気味に巻いて木曽越峠1260mの乗越に着いた。明瞭な駐車スペースが無いのでUターンして路肩に駐車。
 無惨にも林道に尾根が堀割られ、残された高台に古道木曽越峠の標識と2体の石仏があったが以前の峠そのもののの雰囲気は失せていた。石仏を前景にして御嶽山が望めたのが収穫。林道脇から登山道を辿り尾根に乗るとWEBで御嶽山展望台と紹介されている切り開き、巨木が残る心地良い道を進むと又林道を横切る。ここが現在の登山口らしく数台の駐車スヘースには前夜からテン泊と言う人が朝食準備中であった。新緑を期待していたが標高が高いせいか芽吹き前でタムシバが所々に映えていた。ユキザサも芽吹き、ショウジョウバカマは鮮やか、登山道脇は早春であった。1434m峰はWEBでは前高時山と地元で称しているとか。ひと息入れて左折、少し下って登りとなり標高差100m程は喘登。やっとの思いで山頂にたどり着いたら眼前に雪を纏った御嶽山がデンと横たわっていた。ザックを下ろして一度も行けなかった東峰1540mへ薄い踏み跡を辿ったが展望も無くその先は下っていたのでガッカリしてUターン。山頂に戻り我々だけ独占の山頂で昼食を摂った。Kさんから味噌汁やコーヒーを提供頂き感謝。中アは梢越しに望めたが雲量が多くて山座同定は難しかった。恵那山や笠置山、井出ノ小路山等の展望を楽しみ御嶽山を背にして記念撮影後下山開始。登山口林道を横切った尾根で心地良い風に癒されながら休憩を取り峠の駐車場へ戻った。
 下山後13年前に帰宅を急ぐ仲間がいて点名林探索は断念したので今回の計画に組み入れ、取り付きを探しながら林道を戻る。林道脇は削った斜面が急過ぎて北の鞍部近くの路肩に駐車して空身で尾根道へ入った。踏み跡気配や境界杭が有るが背丈のネマガリダケに阻まれて難渋。(後日見た13年前の記録もヤブと記されていたが)途中で断念しようとしたら仲間に「折角来たのに」と励まされ10分余で尾根に乗ったら明瞭な踏み跡に出会った。地形図では1370m台地から南西方向への下り斜面に三角点は表示されているが、緩やかなピーク上の踏み跡横に鎮座していた。写真だけ撮りヤブを敬遠して南西への踏み跡を下ったら林道が見えたので強引ヤブ漕ぎをして下り立った。
 駐車地へ戻り仲間の好意に甘えてティータイムをのんびり楽しんでから帰途についた。2014年の野尻冨士・不動洞を訪れた時同様に御厩野で芝桜を数ヶ所巡ってから、門和佐・佐見を経由し国道41へ出たが白川町から七宗にかけて思わぬ渋滞に遭遇した。
 山では爽やかな一日だったが、岐阜市の最高気温は27.9度だったそうで可児へ戻っても路傍度計は27度を示していた。

 

個人山行 納古山 633.0m 2等三角点

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 4月21日(金)16時58分35秒
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   昨年4月にアカヤシオを求めて南尾根から登った後に、今度納古山を登るなら中麻生下から227m、462m標高点を繋ぐ尾根を辿り、下山は355m、349m、243m標高点を繋ぐ未知の尾根ルートを探索したいと思っていた。前週14日に登られたみのハイクの仲間から花は蕾とのメール連絡をもらったので週明けの満開を期待して計画した。前年構想したバリルートは夜に所要があり時間的に無理なので又の機会とし、WEBで見た未体験の町境尾根を往路に選びクラブのF氏と出かける事にした。
 19日のヤフー予報は快晴で朝食を摂っていたら突然の雨、雨雲が空を覆っていたので6時過ぎに一旦中止連絡したが、8時頃になったら青空気配となり急遽実行連絡をし2時間遅れの出発となった。
 木和谷林道沿いは沢山の駐車が有ったが初級コースPは数台の余裕が有りヤレヤレ。朝が雨天の平日なのに花目当ての登山者が如何に多いか人気ぶりが判る。駐車地から尾根取り付きまでの下り林道は適度な準備運動になり、中級コースを右に見て少し下のトイレ横から明瞭な尾根道に取り付いた。
 植林の標高差50m程が急坂であったが尾根に乗ると傾斜は緩んだ。WEBの記録も少ないのに整備された道が続き途中で単独下山者とすれ違った。展望は無いが静かな山歩きが楽しめるルートだ。時々見られたヤマザクラに感嘆の声を挙げながら地形図に現れないコブを二つ程越えて行くと大牧谷への分岐鞍部に着いた。初級コースで何度も通過した休憩場所でもあり、東へ続く尾根の行く先が気になっていたが今回で納得出来て満足する。ひと息いれてから急坂に入る。天空岩で展望を楽しみ第二展望台からの光景に今年も感動。萌え始めた新緑とヤマザクラの織りなす光景は何度見ても素晴らしく個人的には納古山一番の絶景と思っている。ヒカゲツツジが現れ、待望のアカヤシオは満開で迎えてくれて感激。遅い時間のスタートなので途中で一人追い抜かれただけであった。初級コースに合流したら早くも下山者。山頂に着いたら人が溢れていて驚いた。ザッと数えたら30人余。座る場所も無い程だったが下山者が席を譲ってくれた。ヤレヤレと席に着こうとしたら横手から名前を呼ばれた。みのハイクのK・Gの両氏で奇遇に驚いた。なんでもK氏のグループ19人が西尾根から登っていたらしい。曇量が多くて遠望が効かないのが残念。
 食後アカヤシオのトンネルが楽しめる西尾根623mピークへ向かった。辿り着いたら昨年は無かったのに花の下に山頂同様に沢山のテーブルと椅子が新設されていて興醒めした。山頂のベンチ類も長年利用させてもらっているので今更文句を付けるのもおかしいが、せめてアカヤシオのピークだけは自然のままに残して欲しかった。心なしかかってのアカヤシオの感動が薄れてしまい、雲が日を遮るので綺麗な色彩に見えなかった。三角点山頂は七宗町所有地なのでこの町境尾根も七宗町の管轄だろうがもう少し配慮が欲しい。出来れば山頂付近のテーブルやベンチも撤去して自然の山に戻してもらいたいものだ。
 又来年も花に会えるかなと思い強風に晒されながら下山開始。尾根上のヒカゲツツジとアカヤシオに別れを告げ550mからは植林の下り、毎度の事ながらこの標高差140mは辛い。尾根から沢沿いに右折したら今年も賑やかな蛙の声が聞こえた。
 登山口に着いたら最後の車両で下山道中でも中級コース入口に1台残っていただけであった。

写真 ①第二展望台から  ②人が溢れそうな山頂  ③西尾根623mピークのアカヤシオ

 

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