teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]


山の話と播隆さん

 投稿者:GG-  投稿日:2017年10月22日(日)15時06分20秒
編集済
   槍ヶ岳開山で名高い播隆上人の命日10/21にあたり毎年行われている太田宿小松屋の夕べの講演会の案内を頂戴したので昨夕参加して来た。台風襲来前の雨模様なのに会場は満席の盛況であった。
 講師はネットワーク播隆の世話人でもあられる纐纈具幸氏。

 講演内容は播隆さんが文政6年(1823年)に笠ヶ岳再興を果たした時に整備された幻の登拝道を探す体験談であった。

 笠ヶ岳は文永年間(1264年~)に本覚寺の道泉禅師や元禄年間(1688年~)の円空さんや、天明2年(1782年)の南裔(なんえい)禅師一行の登拝記録があるそうだ。播隆さんは途絶えていた登拝を再開し、開設した笠ヶ岳まで9里8丁の道に阿弥陀如来像を一里塚として8体設置された。昭和の後半から飛騨山岳会、上宝郷土研究会や纐纈氏などの個人的な調査が長年続けられているがそのうち5体は発見されたが3体が不明の為4番目から8番目に至るルートが不明のままになっている。
 今回はその幻のルート探索のために纐纈氏が実際に笠谷を遡行された体験談でとても興味深い話であった。播隆さんが残された「迦多賀嶽再興記」の資料は以前ネットワーク播隆さんから頂いていたがまともに読んだ事が無かったので解説入りの朗読も面白く、探査時の写真などを投影して頂いたので登拝道のイメージが膨らんだ。往時の大衆の信仰心に驚きを感じながらの充実した講演内容であった。

①講演資料
②講師
③示された地図の赤線が笠ヶ岳に至る推定登拝道ルート どれかは幻のまま

 
 

久々の山の空気

 投稿者:GG-  投稿日:2017年10月11日(水)17時58分23秒
  体調不良やら天候不順、諸々の行事等に追われてスッカリ山とのご縁が途絶えてしまった。

先日、高校クラスメートと出かけた喜寿旅行で草津温泉から志賀高原を抜け、遙かなる山々を眺めて少しは癒された。

2枚目 嬬恋村から
3枚目 志賀草津ルート国道最高点から
 

ドライブの山々 4座

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 8月29日(火)16時59分3秒
編集済
   昨年の夏はフラフラになりながらもなんとか「ニュウ」や「将棋頭山」へ登れたのに、秋以降入院騒ぎ等アクシデント続きで体力も落ちた。山恋しの気分は未練たらしく衰えず、体力相応の遊びができないかと模索していた。そんな中で数年前に雪の大城山をSさんの供で訪れた時に未踏に終わっていた鶴ヶ峰を思い出した。ドライブで行ける高ボッチや鉢伏山を加えた山行をと考えていたが、8月の天気は不順続きで機会が無く予報を毎日検索していたら8/27日曜日のみが好天と判り仲間を誘って出かけた。
 伊北ICから辰野へ入ったらナビが違う方向を示しウロウロ、民家で確認して大城山への林道へ入った。大城山直下へ車で行ける筈なのにゼロポイント標識からの道はヤブめいていたので違う進入路を期待してそのまま走ったら舗装が切れ間もなく鶴ヶ峰へ着いてしまった。道路終点に鉄製の展望台があり登ったら360度の展望が開け、槍・穂高連峰が見えたので感激。南の大城山の彼方には伊那谷が左右の山脈を挟んで望まれたが靄っていたのは残念。しばし展望を楽しみ途中の「日本中心の標」に立ち寄った。刻まれた1277m標高は誤りで、僅か南に1277m標高点ピークが有るが、地形図では1270m等高線の展望台位置が鶴ヶ峰になっていて計測したら1276.4mと出た。山頂到達の感動ゼロで林道を北へ向かう。泥濘の林道は次第に高度を下げたが途中2ヶ所で倒木に阻まれ、除去と脇を難渋して通過。尾根通しの道も有りそうだがやばい林道回避で「しだれ栗公園」へ出て舗装道路となりホッ。勝弦峠からは公園脇の快適ドライブとなり、国道20に合流し塩尻峠を越えて標識に導かれスカイラインに入った。 牧場を左に見てアルプス展望広場の第2Pへ到着。好天の日曜日とあって観光客も多かった。ここからも槍・穂高連峰が望めしばし展望を楽しんで高ボッチ山へ。遊歩道はチップが敷かれて快適。ハクサンフウロやマルバタケブキは多かったが他の花は少なかった。次の目標鉢伏山を眺め、標柱前で集合写真を撮り諏訪湖を見ながらランチタイム。涼風と群舞するアキアカネが心地良い。南八ヶ岳方面は雲が多く諏訪湖の彼方に見える筈の富士山は靄に隠れていた。山頂の標柱は1664.9mとなっているが、地形図は1665mと記載され三角点表示も無い。1974年以前は1664.9m3等三角点点名今井が有った様だが現在は亡失状態で点の記も表示されない。塩尻市のHPも1665mとされているので記録はそれに従った。
 鉢伏山荘Pもかなりの車が有り500円の駐車代を払う。本で知った前鉢伏山を目指したが絵地図案内を感違いして1850m台地に上がってウロウロ、境界の白杭を三角点位置と誤認して徘徊20分程のロスタイム、地形図を確認して道路へ戻り隣の1840m丘を巻いて北へ進んだらた前鉢伏山への標識に出会った。標識からは草むらの中の平坦路で小高いマウンドに三角点(1836.4m)が有った。鉢伏山や美ヶ原を間近に眺め三角点北側広場が休憩地となっていて腰を下ろして水分補給をした。 往路を戻り分岐標識から鉢伏山へ向かったが、緩やかな登りなのに息切れで路肩の丸太でしばらく休み、ヨタヨタの牛歩で登り詰めたらひっそりとした鉢伏山1928.8m三角点台地到着。犬連れの観光客に写真を頼み緩やかに下った展望台脇のベンチで諏訪湖を見下ろして休憩。雨乞い遺跡へ仲間を案内し鉢伏大神も立ち寄り、下山は途中の小屋からのショートカットを考えたが、悔いを残さぬ様にと登りに通過した見晴台ピークへ立ち寄ってから駐車地へ戻った。
 天気予報が3時頃から曇となっていた通り晴れてはいてもアルプス方面は雲に隠れた。帰路に薬師平茜宿で入浴を済ませ帰途についた。高速途中で渋滞情報も出ていたが「神坂PA」で休憩後も渋滞皆無で美濃加茂へ帰着できた。
 おかげさまで今夏のラストチャンスの晴天に去りゆく夏を体験でき同行願った仲間に感謝。

写真 ①高ポッチ山 ②前鉢伏山 ③鉢伏山
 

RE・のんびり・・・・

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 8月28日(月)22時04分2秒
  float cloudさんお久しぶりです。書き込みありがとうございました。
貴兄のご活躍には驚嘆しながらブログを拝見しておりますよ。

小生は体調も整わずみのハイクの「おれんじの会」のお供がやっとの昨今です。
暑さを理由に怠惰な生活を過ごしたツケが回って来たようで、猛省をしているところです。

 

のんびりと・・・

 投稿者:float cloud  投稿日:2017年 8月27日(日)17時53分18秒
  のんびりと、なかなか良い催しでしたね~。
このごろは、こういったものも、してみたい気になっています。
でもこれは、リピート気分にはなれなかった、ということですね。
 

第2回 おれんじの会

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 8月26日(土)21時43分14秒
編集済
  みのハイクのクラブ内団体「おれんじの会」企画の催しが昨8/25に行われたので参加させていただいた。

 近時話題の「ななつぼし」や「しきしま」には手が届かず縁遠いけど、近場の長良川鉄道の「ながら」ならと体験して来た。目的は観光列車ながら乗車体験と郡上八幡散策。

豪華ランチメニュー付きは12000円、我々は分相応に500円の整理券+乗車料金のみでコンビニ弁当で済ませた。関から郡上八幡まで1時間ほど、夏休み人気なのかほぼ満席。景勝地の看板が立つ長良川沿いで一旦停車があり、迷ガイドの車内放送があったが聞き取れず。感想はリピート気分にはなれなかったに留めておこう。

八幡駅前に待機してもらった無料観光ガイドさんの案内で散策予定だったが、土砂降りで吉田川沿いの散策もできず散々、雨の中を少し歩き、安養寺で寺の由緒を聞き宝物館を拝観し這々の体で帰途についた。
 お世話になった皆さんに感謝。雨中行軍のみなさんお疲れ様。

①車窓から長良川  ②レトロな八幡駅とながら  ③宗祇水

 

個人山行 八子ヶ峰 1833.4m

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 8月 5日(土)22時15分7秒
編集済
  7月は前月の退院後の体調は回復せず天気も不順続き、自治会行事に追われる事等で山の空気も吸えずに終わってしまった。そんな中でみのハイク仲間のNさんから暑中見舞いメールが届いた。通院中のNさんも軽い山なら行けそうなので、自分自信の体力にも合わせたのんびり散策を計画しクラブの仲間を誘って8/3に出かけた。
 美濃加茂をスタートし中津川辺りは小雨、恵那山トンネルを抜けても曇天で前途不安。ビーナスラインを走りスズラン峠南の蓼科山登山口駐車場に着いて登山準備の頃、薄日が射して天候回復と展望に期待してスタート。ビーナスラインを横切り樹林帯を縫って登り尾根に達しガスの草原を緩やかに登ると三角屋根のヒュッテアルビレオに着いた。地形図では八子ヶ峰ヒュッテと記されているが経営者が変わって(時期不詳)名前も変わった様だ。標高差130mコースタイム25分なのに35分も要し久々の山は厳しかった。ヒュッテ名の由来を後日調べたら「アルビレオ【Albireo】はくちょう座のβ星。夏の天の川のただ中,白鳥のくちばしにあたる星だが,星名の意味は不詳」とあった。ヒュッテ前の3本足標識に「八子ヶ峰1860m」と表示されていたが八子ヶ峰の山名由来の一つは「幾つもの峰が並ぶこと」なので許容範囲か。ヒュッテから370m離れた位置に4等三角点大石1864.8mが有る筈だが、先人の記録に見落とした事例もあったので絶対見つけたいと思っていた。先行の仲間から声が出て三角点発見。頭部に剥げた赤ペンキが残る石柱が笹の中に埋もれていた。白杭が短く見えて気付かないかもしれないが、物好きも多いのか薄い踏み跡が登山道から派生していた。ガス模様の草原は近年のシカの食害で花も少なかった。アキアカネの舞う緩やかな道を進むと東峰1869mの標柱の立つ台地。ここが八子ヶ峰の最高点であったがガスで遠望無く残念。東峰を過ぎると標高差40m樹間の下りとなる。Nさんはリタイアを告げられヒュッテで待ってもらう事になったが、自分も体調悪化で急に息苦しくなりSLさんに「休んで行くので先行を」と電話した。休憩をしていたら仲間達が戻って来て親切にも中止にしようと言ってもらえたが、自分としては申し訳なく、どうしても三角点峰まで行きたいので復調を待ってスタートした。ジメジメした樹間の道を下り、鞍部から緩やかに登ると石がゴロゴロした平坦な中ノ峰1852m(地形図計測)であった。白樺湖・蓼科湖の案内標識は立っていたが中ノ峰の表示は無かった。情報では展望の開ける場所なので帰路に此処で昼食を予定していたが、自分のトラブルで到着が遅れたので荷物を軽くするためにもと此処で昼食を摂った。展望も得られずのんびりする気分も湧かないので早々に次のヒークへ。ほぼ平坦な草原を進み「しらかば2in1スキー場」のリフト終点のピークが点名八子ヶ峰1833.4m4等三角点であった。ここは登山道脇の草原に白杭が目立つのですぐ発見できたが山名標識も無い。仲間が小生の為にわざわざ待ってくれていたのでお礼を言いながらお先にタッチ。そこから僅か5分先のコブが八子ヶ峰本峰(地形図計測1831m)と称されるピークで壊れて落ちた山名標識が有った。WEBの一部は此処を西峰としたり白樺湖へ下る途中の1757m峰を西峰としている。地形図では三角点と本峰位置に八子ヶ峰表示が有る。岩の間に1本だけマツムシソウが咲いていた。ガスの蓼科山を背に記念写真を撮って早々にUターン、ガスの切れ間から時々八子ヶ峰の縦走路や周囲の光景が見えた。東峰へ戻ったら一瞬蓼科山の山頂が望めたのはラッキー。ヒュッテでNさんと合流後下山は屋根から分かれた道を下り、ダケカンバの標識で往路に合流し駐車場に戻った。
 スズラン峠を越えてビーナスラインを下る途中に蓼科山の全景が見えたので車山付近の駐車場へ立ち寄ったら既に隠れていた。遠望は効かないが緑溢れる高原ドライブは毎度の事ながら心地良かった。2013/8に訪れたガボッチョが美しく横たわっていた。霧の駅で休憩後「池のくるみ」へ下り、約2キロでロベンドヒュッテ向かいの駐車地へ到着。踊場湿原一周1時間程なので空身で舗装道路を200m程進んだが、広い湿原は望めたものの花の気配は遠目にも感じられず天気も悪く周回価値も無かろうと湿原標識の位置で周回は断念した。ヒュッテ横から湿原へ少し入ってみたが花は少なかった。
 最後の楽しみである片倉館千人風呂へのルートはナビの示した霧ヶ峰農場経由で下った。馴染みの片倉館だが仲間の数名は初体験とか。汗を流した後の屋外の風が心地良かった。帰路は混むかもしれず本館前で解散とし帰路についた。
 体調不良の自分を気遣ってくれた仲間達に感謝の散策山行であった。
 

岐阜 歴史探訪

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 7月 3日(月)20時09分43秒
編集済
   みのハイク内での高齢者対策としてクラブ内のサークルとして「おれんじの会」が発足し、第1回が6/30に行われたので参加させて頂いた。
 今回は発起人のHさんの企画による金華山山歴ものがたり 散策コース。9時少し過ぎてから仲間10名とボランティアガイド光村善雄さんの案内で小雨の中総合案内所をスタート。岐阜は長良川の扇状地とかを聞き、岐阜公園の天下布武の碑や山内一豊の碑を経て信長公居館跡の発掘現場へ復元冠木門から入る。長年発掘調査が行われている事は知っていたが初めての訪問で興味津々。居館は信長の迎賓館であった事、随所に池が作られ人工滝が設けられていた事、織田秀信(幼名・三法師)の関ヶ原前哨戦による敗北消失等興味深い話が沢山聞けた。大熊重信と吉田茂の関係を聞いてから正法寺の大仏へ。狭い参道から入って到着、この大仏は小学校6年の修学旅行以来60年ぶりで記憶は失せていた。大仏は天保3年(1832年)開眼の日本一の乾漆仏で高さ13.7m。大仏前の椅子に座って拝観すると目線は全ての参拝者に注がれていると解説された。次に訪れたのは斎藤道三菩提所である常在寺。この寺は全く知識が無かったが本堂で和尚が解説してくれた。それによれば我々の道三イメージは司馬遼太郎の小説「国盗り物語」に洗脳されていた様で史実とはかなり違うらしい。妙照寺は竹中半兵衛の屋敷跡で土塀は往時のまま、境内に信仰した稲荷が祀られていて、松尾芭蕉も滞在したそうで句碑「宿りせむ あかざの杖になる日まで」が有った。
 昼食は岐阜公園総合案内所で摂ったが、この頃から予報通り雨が上がり川原町散策へ出かけた。江戸期の町並みが美しい人気の観光スポットでここも初めて訪れたので興味深かった。川原町で見た珍しいお札は泥棒除けのまじないとか。石川五右衛門の命日(異説あり)との説から関西ではかなり行われているらしい。帰宅後ネットを見たらこんな記述があった。
「石川五右衛門の命日に12月12日と書いた札を逆さまに貼る習慣があります。天下の大泥棒が亡くなった日にちなみ泥棒が入らないようにするための魔よけとして伝わっています。 昔、屋根から進入する泥棒に逆さまに命日を見せて大ドロの命日くらいは仕事を休めと戒めていたとのことです。」
 長良橋を渡り長良川右岸を歩いて鵜匠の住居を覗きうかいミュージアムへ。霧に包まれた船伏山は長良富士とも美濃富士とも言うらしい。見学を終えたら2時半となり玄関で記念写真を撮り解散となった。

 

南信州ピークハント 4座

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 6月19日(月)12時38分3秒
編集済
   不覚にも体調を崩し月始めに短期入院をしたので、いささか旧聞であるが備忘録代わりにUPしておく事にした。

 昨年7月に八嶽山を終えてからトライする計画であった天ヶ森・とうじあげ山(伊那谷の山サイトで知った山で名前に魅せられていた。)は時間切れで登山口偵察のみに終わっていた。秋に再度と願っていたが都合で断念となり懸案であった。梅雨入り前の晴れ間にと6/5に山頂間近まで車で登れる展望の山を併せてみのハイクの仲間とピークハントに出かけた。

①庄田山  しょうだやま  966.5m  3等三角点
 新井展望公園の標識に導かれ国道を左折し、案内板に従って走ったが名高いビュースポットに向かうにしては狭い林道が続いた。到着した公園の駐車余地は数台分で狭かったが極楽峠パノラマパークに似た大パノラマが拡がっていた。5/20の陣馬形山の光景に比べ雪は減ったが中央アルプスから伊那谷を挟んで南アルプスまでの展望に感動した。山名案内板で山座同定をしばし楽しんだ。大きな標識は標高816mと記されていたが地形図は820m等高線である。展望を楽しんでから上部へ走り舗装道路が切れて僅かな距離が林道終点。同じ実線続きで地形図では解らないが930mのコブを巻いた辺りで地形図の庄田山表示北の平坦地の様だ。数台の駐車スペースだが転回も楽では無かった。林道脇西側に祠があったので参拝後はっきりしない尾根伝いに進んだら林道の先から続く作業路と合流した。参考書は三つ目のピーク15分、WEB情報では5分とされハッキリしない。作業路右に幾つもコブが続き確認しながら仲間と進んだが道は何処までも続いていた。山頂まで短時間の筈なので単独で戻り薄い踏み跡を辿った2つ目で三角点を発見し仲間を呼び戻した。松の多い雑木林で展望も山名標識も無くて達成感に乏しい山であった。帰路に確認したらヤセ尾根を過ぎ右手最初のピークが三角点であった。下山した新井地区を過ぎた国道はすぐに下條村から阿南町に入る。

②弁当山  べんとうやま  981.5m  3等三角点
 国道151を南下消防署を過ぎると右手のスーパー「ナピカ」駐車場に大きな「弁当山公園」の看板を発見し右折。最初は案内標識が続いたものの標識は途絶え狭い林道が続き凄い道であった。すれ違い不可能な狭さで路上の小枝を除けたり、ハンドルを切り間違えたら林道脇に転落かとの恐怖で不安になりながら進んだら標識が出てきてホッとしたらやっと山頂下の公園広場に着いた。対向車が無かったのが幸だったが、こんな道で観光施設は頷けない。すぐ上に大きな鉄骨の展望台が設置されていて「弁当山で弁当を」との計画通りザックや弁当持参で三角点へ。砲台状の草地の真ん中に三角点が鎮座、木立に遮られて展望は僅かであった。日射しが強いとの声も有ったが展望を肴にしようとペンキの色が新しい螺旋階段を上り詰めたら360度の展望が拡がっていた。新井公園で雲に覆われていた御嶽山も見え、中ア・南ア、南には県境の茶臼山が望め、左に最後に訪れる予定のブナの峰牧場らしき山が見え、次に目指す天ヶ森の山塊は堂々とした姿であった。セブンイレブンの「しらす御飯」がこの日の弁当。心地良い風を感じながら楽しいランチタイムを終えた。望遠鏡で山々を眺め此処でも山名標識で山座同定を楽しんだ。
 帰宅後珍しい山名の由来を検索したら
むかーしむかしなあ、北信濃にデエダラボッチという大男がおったんな。 デエダラボッチが活躍した有名な話をしっとるだみんなは。富士山と八ヶ岳がけんかした話なあ、 あれで八ヶ岳が悲しい思いをしたむんでデエダラボッチが海から島ひとつ担いできて八ヶ岳の体裁をととのえてやったんだっちゅうがなあ。そのときに島を持ちに行ったのが今の三河湾だったということだったんな。そいでなあ、その時に「どっこいしょ」と一休みして腰掛けたのが飯田の風越山、肩からどっこいしょと降ろしたオムスビの包みを広げたのが「阿南町の弁当山」っちゅうわけな。つつみをなひろげた拍子に オムスビひとおつ転がって「ろんごろん」ところがって深見の平らにくすがってしまったのが 今の深見の池だっちゅうに。そいでなあ何時の頃からか弁当山 弁当山 となったんな。

③ 天ヶ森  あまがもり   994.0m  3等三角点
 国道151は和知野川までどんどん下り又標高差400m程をループやトンネルで高度を上げると新野の盆地に着いた。昨年八嶽山の後に偵察した道は大回りになるのでナビをセットした諏訪神社から林道とうじあげ線で天ヶ森を目指す事にした。国道を左折した場所でオッサンに道を確認、天ヶ森はご存知無かったが左上に聳える山がとうじあげ山で地形図を見せたら道は行けるとの返事で安堵。舗装はされているものの諏訪神社先からの林道は急峻であったが距離は僅か1.5㎞で林道大久那線に合流、そこはとうじあげ山登山口のフェンス脇であった。今回は天ヶ森を優先したいと思い林道を北へ進んだ。前年の偵察場所を過ぎると林道はどんどん下って行く。WEBでは林道から10分や15分の情報も有ったが山の西側は急峻で取付場所不明。地形図では尾根北端からが傾斜は緩そうだが、林道に駐車スペースが無くて山の東側へ回り込み一軒家の先でUターンし新野4㎞の細い林道分岐南の屈曲部路肩に駐車した。3つ目にして初めて登山らしい山なので一部空身もいたがザックを背負って尾根突端に向かった。取付きは尾根西側法面の微かな踏み跡気配からで強引に数m登って尾根に乗ったら薄い踏み跡が有った。雑木のヤセ尾根を登り15分程行くと平坦地形となりトトロの森の雰囲気が嬉しかった。急傾斜を登った細い樹林尾根の東端に三角点が有り取付から30分弱であった。樹林に囲まれて展望は無く、少し尾根の東が僅かに高くて最高点(地形図計測994.5m)らしかったが同じ様な樹林続きなので立ち寄らず下山した。トトロの森を楽しんで林道に下り立ち駐車地へ戻った。

④とうじあげ山      1132.4m  2等三角点
 自分の車には天ヶ森の山名は出たが林道やとうじあげ山は表示されないので、地形図を片手に道路の屈曲を判断しながら戻り右手の尾根が間近な路肩に駐車した。この山も10分で到達出来る予定であったので全員空身で道路脇から植林の斜面に取り付いた。この取付位置を予定地と誤認していたので後でエライ事になるとは想像出来なかった。植林斜面は広く念のため赤布を結びながら左の高い位置へ向かったら稜線上は阿南町と天龍村の境界杭が続いていた。辿り着いた峰が山頂の筈なのに三角点が無い。地形図も読み切れず方角が違うかもとUターン。戻ればどんどん低くなる頃「先刻のピークの先に尾根が続いていたが?」との仲間の話が出て再確認してみようと又登り返した。先刻のピークを経て鞍部から南東へ僅かに登ったら草つきの広場となり中央に三角点が鎮座していた。周囲は樹林で囲まれて展望は無いが、仲間の協力で一時は諦めかけた山頂へ到達できてバンザイ。全員の記念写真を撮り下山開始。計画では登り10分の予定がロスタイムが多くて1時間弱、下山30分弱を要した。帰宅後地形図を見直したら誤認ピークは1120m峰であった。疲れた仲間には山頂北の鞍部より右に見えていた林道へ下ってもらい、1120m峰の巻道を辿って駐車地へ戻った。仲間が待っているので靴も履き替えず林道を5分程走った広い路肩の有る場所で合流した。そこが予定していた最短距離の登山口であったが何の表示も無かった。
 下山時刻が予定より大幅に遅れていたので、最後に予定していたブナの峰牧場上の点名妙字は又の機会に譲り温泉もカットして道の駅で休息後帰路につく事にした。
 往路に登った林道とうじあげ線は狭いので、昨年偵察時に走った林道大久那線を下り国道418に合流して「道の駅信州新野千石平」に着いた。名前の通り山間に拡がる平坦地は千石平の名に相応しい光景であった。ここで精算を終え国道418の売木トンネルを抜け売木村から平谷村経由で走り、岩村のコンビニでコーヒータイム後解散した。恵那から高速を走り可児への帰着は18:45になってしまった

写真 ①新井展望公園から  ②天ヶ森山頂  ③とうじあげ山山頂

 

クラブ山行 瓢ヶ岳 1162.6m

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 6月 6日(火)21時27分14秒
   毎年6月第一日曜日は労山統一クリーンハイクの日である。みのハイクではこの日に併せて瓢ヶ岳の登山道整備と清掃も兼ねて実施される事が恒例となっていた。6/4今年もお世話になっている関市役所駐車場の清掃が早朝6時前から開始され、7時前にリーダー挨拶をもらい車10台連ねてふくべの森へスタート。中美濃林道口で登山準備、デポ車をふくべの森へ駐めて戻ったら既に登山準備は終了していた。
 リーダーの指示で草刈り機部隊を先頭に山頂へ向けてスタート。一般会員は登山道周辺の小枝や笹を刈りながら進んだ。登山口標高はすでに1000mもあり、ここ数日続く爽やかな風が緑の樹林を吹き抜け、ホトトギスの声が初夏到来を告げていた。主稜線に達するとシロヤシオが迎えてくれる年が多かったが今年は花期が終わったのか数輪残っていただけであった。奥瓢の切り開きから今年も伐採が進む今淵ヶ岳や伊吹山、養老山地を眺め、起伏を繰り返して作業をしながら山頂へ到着。しばし涼風の中で展望を楽しんだ。白山は雲に覆われていたが、御嶽山や中央アルプスは綺麗に見えた。集合写真を撮ってからB班は骨ヶ平から南岳までの伐採に先行出発。我がA班は山頂周辺を刈ってから骨ヶ平まで登山道脇の笹を切りながら進んだ。昨年はもっと繁っていた記憶だがその後かなり刈り込まれていて歩きやすい道になっていた。遅れて骨ヶ平へ着いたら大多数が南岳への刈り込み応援に向かっていた。周辺を刈っていたら作業を終えた仲間が戻り、展望台を綺麗にしたので御嶽方面の展望が抜群になったと聞いた。
 例年通り緑陰の骨ヶ平での昼食を終えて下山開始。草刈り機隊が先発し沢分岐からの山腹道を機動力を使って刈り込みながらの下山であったが、草刈り隊のご苦労に感謝しながらも後続は殆ど申し訳程度の作業しか出来ず申し訳ない事であった。
 ふくべの森東屋では先発隊数名が既に冷えたスイカや飲み物を準備して頂いていて、ご馳走になってからリーダー挨拶で現地解散となった。
 駐車場清掃参加者7名、登山道整備クリーハイク参加者42名 早朝よりお疲れさまでした。

写真 ①山頂より高賀山方向 ②③骨ヶ平緑陰光景

 

個人山行 東洞岳 1052.1m

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 5月30日(火)17時05分17秒
編集済
   みのハイクの双葉30山選定の際に短時間で登れる郡上の山として東洞岳を入れた。自分は1996/10の初登頂を含めハシガ洞左岸から3回、相谷トンネル南から1回登っていたが、クラブの表彰対象は制定された2014/4以降しか認定されない為改めて登らねばならなかった。選定時から次回登るなら「ひとり山歩き・・」さんのブログ(2013/6)に記載された南尾根を辿ってみたいと願っていた。この山へ登ったのは紅葉や落葉時だったので新緑の頃にと思っていたがズルズルと日にちが過ぎてしまい、5/24のみのハイク例会時Kさんから和良もヒルが出ると聞いたのでこれは急がねばと思い立ち、5/28に単独で出かけた。
 往路のみ高速を走り美並経由で和良へ入った。ブログ記載の登山口を散歩中のオバさんに確認して石捨広場に駐車。林道脇の登山口を偵察したら沢東の尾根がルートの様で植林の踏み跡へ入った。広い作業路を進み僅かな距離の終点から北側の尾根を目指して急傾斜を登る。アキレス腱が悲鳴を挙げそうな斜面は植林境の右手の灌木に掴まり進む。尾根に達すると明瞭な踏み跡が続きビンクテープが括られていた。短い笹は有るが緑に包まれながらゆっくり登り840mで平坦な尾根地形になった場所で休憩を取る。西側の展望が開け風が心地良い。大洞山や市島らしきピークが望まれた。平坦地は僅かで又傾斜を登り詰めると943mのジャンクションピークで大きな赤布が結ばれていた。狭いながらも明瞭なピークで展望もまずまず。ここから山頂までは1.3㎞、僅かに下ってからはゆるゆると樹間を登る。木漏れ日が美しく緑のシャワーと言った雰囲気。途中から赤布が目立ちこのルートを辿る登山者は多いかも。北からの広い尾根と合流してやっと山頂に到着。樹林の東端にひっそりと三角点が有るだけで山名標識は無かった。以前訪れた時からソエ谷を挟んだ東の長い尾根に関心を抱いていたが、山頂からそこを改めて眺め歩けた喜びが湧いた。「ひとり山歩き・・」さんのブログでは2時間10分位とされていたので2時間40分で着けないかと期待して計画したものの3時間20分余も要した。今の体力ではこれが精一杯、なんとかバテずに着けたのを良しとしよう。(古い記録の1052.0mと標高が違うので調べたら2014/3の標高改算で変わっていた。)御嶽山は雲のせいか確認出来なかったが遙かな笠置山等を眺めて昼食とした。
 山頂台地の美林を目に焼き付けて下山開始。当初計画は南尾根往復としたが、単独であり疲労困憊になってもと安全策の積もりで、経験が有り短時間で下山可能なオンボ谷へのルートを選んだ。小笹の踏み跡を下ると記憶の岩の累々たる門を通過、このルートは往路に見られたテープ類が無いのがおかしいなと思いながら進む。直進すれば尾根分岐に至る記憶であったが、前回歩いたのは2005年の事なので記憶は失せていつの間にかルートを誤り、直進すべきを西へ派生する植林の急傾斜尾根に入っていた。こんな景色は記憶に無いがと思いつつ、下ればオンボ谷へ出られる判断で踏み跡を辿ったら沢に出会ってしまった。地形図を見ても現在地判断が出来ず沢沿いの微かな痕跡?を難渋しながら下り、何度も狭い沢渡渉を繰り返し微かな記憶の地形に出会ってしばらくでやっと林道へ出た。「みんなで築こう豊かなみどり」の看板が谷の右岸に有り人里へ戻れてホッとした。林道へ出て下った沢がハシガ谷(洞)であったと気付くお粗末さに反省。水分補給と握り飯1個を食べて休憩後駐車地までの林道歩行が疲れた身体に辛かった。帰宅後計測したら2.7㎞に54分も費やしていた。朝出会ったオバさん以外最初から最後まで不思議な事に誰にも会わず、世間で騒がしい熊に遭わなかったのは幸であった。

 下山時の迷い反省から帰宅後WEB検索したら色々なルートで登られていたが、近年は東洞の相谷トンネルからイノ洞を併せて登るのが主流の様で、オンボ谷からはfloat cloudさんやヨッセーさんなど数例しかヒットせず、「続ぎふ百山」で紹介されたハシガ谷左岸からのルートは距離が短か過ぎるのか忘れられた存在の様だ。2004/12の記録を探し出したら東洞岳から830m標高点尾根を経由した下山時間は1時間弱で(登りは1時間半)、今回の2時間弱は倍かかっていた。今回の主目的の南尾根ルートの記録は「ひとり山歩き・・」さんのみでもったいない。

 続ぎふ百山には「オンボ谷は御法(ゴボウ→オンボウ)の転化したもので昔寺院がこの谷にあった事を意味しているという。鹿倉には寺田、寺屋敷の名前が残されている。」と記され和良の先住民族移住経路であったらしい。地理院地図はオンボ谷になっているが明治38年の「点の記」はヲンボ川と記され鹿倉で見たバス停もヲンボと表記され字が違うので語源は?。
 続ぎふ百山では「細く高い雑木林のはるか向こうに、重畳と幾重にも折り重なる波濤のごとき飛騨や美濃の山々が語りかけてくるのが聞こえよう。」と結ばれているが何度訪れてもそんな名調子にピッタリの光景に出会える大好きな山である。


写真 ①山頂直下美林  ②山頂から辿った南尾根を眺める  ③山頂

 

RE・薬研山

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 5月25日(木)21時04分34秒
編集済
  美濃一人さん いつもお世話になります。拙い書き込みをご笑覧ありがとうございました。

恥ずかしき失敗連続をわざわざ載せるのもと考えましたが馬鹿な見本も「マッ!良いか」とカキコしました。みのハイクとしては毎月数回魅力的な山行が実施されていますが、衰えた自分の体力ではもはやお荷物になるばかりで参加自粛続きとなりました。老骨の低山巡りに付き合ってもらえる仲間も少なくて必然的に単独が多くなり今に捜索依頼放送が流れそうな「徘徊ジジイ」です。無理をしないで安全第一にと彷徨っていますが、感ピュータ頼りなのにこれが相変わらず間違いだらけで情けないことです。

薬研山は登頂意欲が湧いた山でもありませんが、地形図に名前が載っているのでどんな所かなとの野次馬精神だけでした。最終的には先人のレポ頼りとなり、いつもの様に独創性に欠ける事しかできないのがちょっと悔しいですね。歳を考えれば今更挑戦的な事もできませんが。

添付写真は薬研山の誤認ピークです。ケルンに惑わされ、手前の石コロが保護石かと間違えました。

 

薬研山

 投稿者:美濃一人  投稿日:2017年 5月24日(水)22時25分29秒
  こんばんは。GG-さん、近頃すごいですね。

山頂に標石が2個あったので不思議でしたが「東京鑛山監督局」のものとのことで納得です。
三角点の周りが綺麗になっていますね。

2006年の7月に行っていますが、あの頃は真夏でも歩いていました。
ヒルもダニも気にならなかったのは、いなかったからでしょうか。
 

蛭川・福岡の三角点巡り 3回目

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 5月23日(火)16時48分10秒
編集済
   3/16の蛭川低山巡りの際に時間切れで薬研山を断念、3/18に山之神リベンジ・一之瀬を終えて挑んだ薬研山は地形図誤認で敗退に終わり、帰る前に進入林道方向を変えて登山口を偵察しヒトツバタゴの咲く5月にリベンジしたいと思っていた。暑くなるとの予報の中宿題を終えるべく5/21に出かけて来た。

①リベンジ薬研山 失敗
 恵那峡大橋を経由して蛭川へ入りヒトツバタゴ自生地の標識から長瀞の天然記念物を訪れ、満開の花を楽しんでから旧黒瀬街道からの林道へ入る。3月の偵察時より草木が伸びて荒れた道をゆっくり1.5㎞走り登山口到着。踏み跡は明瞭、右は茸山で「無断入山罰金百万円」の恐ろしい札がビニール紐に括られていた。緩やかに下ると入口から5分で十字路の山道、南の530m峰の東山腹を巻いて行く。尾根に出会い少し右へ登り又鞍部目指して巻く。北のピークへ登ったが何も無いのでUターンし南のピークへ緩やかに登った。後から思出せば地形図に薬研山表示のあるピークで、ケルンが積まれ手前には保護石らしき石が並んでいた。薬研山のWEB資料は少なく「雲よりも高く」さんのデータ記憶は登山口から20分となっていて、自分は25分を要したのでケルンに惑わされてそこが山頂と思い込んでしまった。尾根は2方向へ分かれ地形図の三角点位置と似ていて樹林が遠望を遮るので近くの高いピークは確認出来なかった。(帰宅後標高検索したら554m)小憩後石の周辺をストックで突いたり小枝で浅く掘ってみたが三角点発見に至らず、何処かに埋没しているに違いない、改めて道具を持参して再訪もと考え未練を残しながら下山した。狭くてUターンもままならず古寺林道まで進み岩寿荘の横を抜けて県道408へ出た。

②点名東山 416.7m 4等三角点
 新道峠南間近の細い道を地形図を眺めながら入り登山口らしき場所に駐車。明瞭な踏み跡へ入り緑の美しい樹林を緩やかに登ると平坦な山頂地形となったが、三角点は南へ少し下った空間斜面に有った。登山口へ戻ったら東に鳶岩巣山が望まれた。

③点名御所平 380.7m 4等三角点
 鳶岩巣山の東へ回りヒトツバタゴの咲く東山温泉からの鳶岩巣山取り付きを偵察後、湯之島ラジュウム鉱泉をセットして御所平登山口へ向かう。峠地形手前の路肩に駐車してスタートしようとしたら何処から付けて来たのか車のオバサンが「路肩が狭く危険なのでもっと先の広い所に駐めよ」と文句を言う。もう一つ「何をしに来たのか?」「山登り 三角点探し」「ここらは個人所有の山なので地主の了解無しに登るのはいけない」と頭に来る会話となった。理屈では反論も出来ず車を移動したら広い路肩に待っていて「此処だ」と指示して帰って行った。気分を害したがここで諦める事も出来ず無断入山を心で詫び、取り付きを探しながら進み右手の踏み跡へ入った。倒木の多い樹林を赤布を結びながら緩やかに行くとここも平坦な山頂地形、最高点には三角点は無く付近の高山区境界杭が三角点白杭と紛らわしい。ウロウロ探したら少し外れた位置に有った。

④点名高山 316.3m 4等三角点
 峠でUターンして御所平集落へ移動。カーブ地点上の民家に駐車許可をと訪れたが不在の為カーブ路肩に駐車。至近距離なので赤布だけ持参して猪檻横から踏み跡を辿った。ここも緑の濃い樹林帯を行く。地形図通り山頂台地を外れた空き地に鎮座していた三角点は金属製であった。

⑤点名若山 384.2m 3等三角点
 若山集落を通るとヒトツバタゴを前景にした恵那山がボンヤリ見えていた。点名若山近くを抜ける道は両側山林の中を通りイメージと違っていた。立入禁止看板の林道らしき横から右手の樹林へ入り少し南へ進んだら作業路脇の白杭横に鎮座していた。樹林で展望も無くすぐ脇は林道の広場でこの日唯一の3等三角点なのに拍子抜けであった。
 薬研山の三角点が見つからず不満を残しながら帰途についた。多治見の最高気温は33度だったらしいが山では暑さの実感は無かった。
 後日古い道路地図を開いたら蛭川と思っていた御所平・高山・若山は旧福岡町と判った。

 帰宅後薬研山を再検索したら百草丸さんのブログに詳しく載っていて、山頂と思いこんだケルンのピークは山頂ひとつ手前で、失敗が悔しくて翌日再々挑戦する事にした。

5/22 リベンジ・リベンジの薬研山 557.4m 4等三角点
 蛭川への道はいつも恵那峡大橋経由としていて大回りと思えてネット検索したら大井ダム下東雲橋から博石館経由が最短距離と出た。当日恵那病院を過ぎたら蛭川の標識に気付きネットと違うがと思いながら走った。この道は東雲橋の老朽化などに伴い、近隣の西側に並行するような東雲バイパスが事業化されて、2015年(平成27年)8月21日に同事業の2工区の東雲大橋が開通とされ、展望の良い快適な道が続き長瀞のヒトツバタゴを右に見下ろして蛭川へ入った。
 登山口を通過して林道先の広場でUターンして戻る。前日通ったばかりで道の不安は無いので順調にニセ山頂へ着いた。地形図で方角確認し樹間斜面を下る。ケルンまでしっかりしていた踏み跡は薄いが色の褪せた残置ビニール紐は登山者の痕跡かもしれない。鞍部から標高差20m程は植林の急傾斜、登り詰めた狭いピークが三角点の鎮座する山頂であった。情報通り東鑛山三角点が並んでいた。WEB情報以降2014/03に標高改算されたので現在は10㎝高くなっている。展望は梢越しに南が少し有る程度。念願成就を喜び小憩後下山した。

写真 ①御所平  ②③薬研山山頂
 
 

展望の山 陣馬形山 1445.4m

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 5月21日(日)21時48分39秒
編集済
   5/20に予定されたクラブ山行傘山は松川IC出口で思わぬアクシデントが発生し協議の結果中止となった。皆昼食を用意していたのでせっかくだからとほぼ全員はSさん提案の陣馬形山へ行く事になった。この山は帰宅後調べたら2005/7のクラブ山行時に登っていた。当日はバスで山頂間際まで走ったが、梅雨明け直後のガス模様の天気で展望は無く、樹林の山頂で昼食を終えた記憶が残っていた。
 ナビに導かれカーブを繰り返して山頂手前の駐車地へ着いたら中央アルプスの全容が望まれて息を飲んだ。大展望にしばし感動しながらカメラを向けた。山頂で食事できる様にザックを持って移動。山頂キャンプ場には沢山のテントが張られ、広い木製階段を登ると露地の真ん中に三角点が立ち、西には伊那谷を挟んで中央アルプスが拡がり、東は小枝が鬱陶しいが南アルプスが望まれ感激。大勢の観光客がいて2005年の雰囲気とはまるで違っていて時の流れを実感した。今まてで一番の山と冗談を言いなから自分は南アを眺めながらランチタイムとした。食後三角点北に連なる2ツのピークの探索に物好き連中数名で出かけた。小笹の中に踏み跡が続きヤマザクラ越の中アは望めたが北端も甲斐駒らしき山容が樹間から望まれる程度であった、2ツのピークは地形図の1440m峰で帰宅後計測したが三角点標高は超えていなかった。
 名残を惜しみつつ山頂を後にして皆が道の駅花の里へ行くと言うのでナビをセットして下った。休憩後買い物も無いので数日前にHさんが是非と紹介してくれた喫茶店「山ぼうし」を目指す。少し道を間違えたらとSさんの車が着いていた。他のグループは道の駅で持参のコーヒータイムらしく全員来たら混むからと慌てる必要は無かった。二つのアルプスを借景としたコジヤレた店であった。オーナー夫婦は山好きと聞いてた通り注文より先に山談義となり、Kさんに注文の取り纏めを依頼する始末であった。店舗前で写真を撮ってもらい帰途についた。
 登山断念で観光の日となったが好天の中、憧れていた光景に出会えて超満足の日となった。

写真 ①陣馬形山から 中央アルプス ②陣馬形山から 南アルプス ③山頂光景

 

個人山行 簗谷山 1213.6m

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 5月18日(木)12時34分34秒
編集済
   2015年5月にみのハイクのF氏と花を求めて登った時の印象が強くて再訪を願っておられたので、可茂地区会員懇親登山としてS氏に企画をお願いして5/17に出かけて来た。2015年は秋にみのハイク山行も行われ素晴らしい紅葉を満喫した山でもある。
 美濃加茂を起点にして関・金山線経由で現地へ向かった。心配してた駐車場は先着が数台有ったが余裕があった。準備後F氏の先導でスタートしたが元気な仲間達に付いて行けず情けないが体調を考えてのんびりとマイペースで登らせてもらった。遠目で花期は終わったと思えたクマガイソウはまだまだ最盛期で嬉しや。しばし全員撮影タイムを過ごした。目映い新緑の登山道を登って小鹿涙滝前でザックを下ろした。ヤマシャクヤクの姿が見えないのでこちらは終わったかもと思えたが白い花が見えたので斜面を下った。近寄ったら数は少ないが花が残っていてラッキー。滝から少し登ればシロヤシオに会えると思ったのに今年は未だ開花しておらずガッカリ。春先の寒さが遅れた原因かも。先行する仲間達の声が稜線上から聞こえたがのんびり登る。展望の失われた南尾根展望台付近から傾斜が緩くなりホッ。この付近のシロヤシオは少し咲き始めていた。樹間から山頂部が雲に覆われた御嶽山が望まれた。雲量も多く岳美岩へわざわざ訪れる事も無かろうと直接山頂へ着いたら、仲間達は岳美岩へ立ち寄ってから既に到着しておられた。岳美岩往復をカットしても山頂到着が7分程遅れ、自分の体力の衰えが実感されてガッカリ。山頂に散らばってランチタイム。曇模様で展望はいまいち。乗鞍岳や残雪の北アルプスの一部が望まれたものの感動する程でも無かった。下山はブナノ木平経由、単独女性が一人登って来られ山頂で会った二組が追い抜いて下山。ブナノ平を過ぎた場所でストップ要請をして立ち休憩。水場で小憩後下ったら2015年には少なかったヤマシヤクヤクがかなり見られたのでまた撮影タイムを終え駐車地へ戻った。下山後は久々に金山温泉で汗を流して帰途についた。
 予備日なしの一発勝負、心配した天候もまずまずの天気に恵まれ、花期遅れかと半ば諦めていた花々にも会え、これはリーダーS氏の強運のおかげか?。仲間のペースに付いて行けずオチコボレで迷惑をかけたが、なんとか無事下山でき、文字では書ききれない鮮やかな緑の世界に浸れた満足の一日であった。


写真 ①クマガイソウ  ②山頂から御前山と雲に覆われた御嶽山  ③下山路にて

 

個人山行 高時山 1563.7m

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 5月 7日(日)17時28分29秒
編集済
   連休中はどこも混雑するので近年は自宅引きこもりが多かったが、みのハイクの仲間と13年ぶりの高時山で5/5に遊んで来た。連休渋滞回避の為近場で楽して登れる山として、新緑と展望期待で選んだ。2004/8月は曇天ながら「高時山の山頂が切り開かれた」との小秀仙人さんからの情報を聞き確認の為登っていた。自分には4回目の高時山であったが、下山時に仲間に聞いたら全員初登頂と聞いたので偶然選んだのにラッキーであった。
 木曽越林道も久しぶりなのでネット情報を事前チェックして国道から林道へ入った。すぐにダートとなり5名定員いっぱいで動きも悪く4駆に切り替えて時々車腹を摺りながらノロノロと走った。前回の林道終点1350mは唐塩山登山口でも有ったが(ここまでの林道は当時の地形図に記載無し)、延長され今の地形図は1370mピーク北側の鞍部付近まで記載されている。しかし道は更に延びて木曽越峠を削って北へ回り尾根を横切って1434m峰の南尾根方向へ下っている。旧終点の広場は残土が盛られて訪れる度に光景が変わっていた。しばらく平坦な林道も1370mピーク手前からは下り気味に巻いて木曽越峠1260mの乗越に着いた。明瞭な駐車スペースが無いのでUターンして路肩に駐車。
 無惨にも林道に尾根が堀割られ、残された高台に古道木曽越峠の標識と2体の石仏があったが以前の峠そのもののの雰囲気は失せていた。石仏を前景にして御嶽山が望めたのが収穫。林道脇から登山道を辿り尾根に乗るとWEBで御嶽山展望台と紹介されている切り開き、巨木が残る心地良い道を進むと又林道を横切る。ここが現在の登山口らしく数台の駐車スヘースには前夜からテン泊と言う人が朝食準備中であった。新緑を期待していたが標高が高いせいか芽吹き前でタムシバが所々に映えていた。ユキザサも芽吹き、ショウジョウバカマは鮮やか、登山道脇は早春であった。1434m峰はWEBでは前高時山と地元で称しているとか。ひと息入れて左折、少し下って登りとなり標高差100m程は喘登。やっとの思いで山頂にたどり着いたら眼前に雪を纏った御嶽山がデンと横たわっていた。ザックを下ろして一度も行けなかった東峰1540mへ薄い踏み跡を辿ったが展望も無くその先は下っていたのでガッカリしてUターン。山頂に戻り我々だけ独占の山頂で昼食を摂った。Kさんから味噌汁やコーヒーを提供頂き感謝。中アは梢越しに望めたが雲量が多くて山座同定は難しかった。恵那山や笠置山、井出ノ小路山等の展望を楽しみ御嶽山を背にして記念撮影後下山開始。登山口林道を横切った尾根で心地良い風に癒されながら休憩を取り峠の駐車場へ戻った。
 下山後13年前に帰宅を急ぐ仲間がいて点名林探索は断念したので今回の計画に組み入れ、取り付きを探しながら林道を戻る。林道脇は削った斜面が急過ぎて北の鞍部近くの路肩に駐車して空身で尾根道へ入った。踏み跡気配や境界杭が有るが背丈のネマガリダケに阻まれて難渋。(後日見た13年前の記録もヤブと記されていたが)途中で断念しようとしたら仲間に「折角来たのに」と励まされ10分余で尾根に乗ったら明瞭な踏み跡に出会った。地形図では1370m台地から南西方向への下り斜面に三角点は表示されているが、緩やかなピーク上の踏み跡横に鎮座していた。写真だけ撮りヤブを敬遠して南西への踏み跡を下ったら林道が見えたので強引ヤブ漕ぎをして下り立った。
 駐車地へ戻り仲間の好意に甘えてティータイムをのんびり楽しんでから帰途についた。2014年の野尻冨士・不動洞を訪れた時同様に御厩野で芝桜を数ヶ所巡ってから、門和佐・佐見を経由し国道41へ出たが白川町から七宗にかけて思わぬ渋滞に遭遇した。
 山では爽やかな一日だったが、岐阜市の最高気温は27.9度だったそうで可児へ戻っても路傍度計は27度を示していた。

 

個人山行 納古山 633.0m 2等三角点

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 4月21日(金)16時58分35秒
編集済
   昨年4月にアカヤシオを求めて南尾根から登った後に、今度納古山を登るなら中麻生下から227m、462m標高点を繋ぐ尾根を辿り、下山は355m、349m、243m標高点を繋ぐ未知の尾根ルートを探索したいと思っていた。前週14日に登られたみのハイクの仲間から花は蕾とのメール連絡をもらったので週明けの満開を期待して計画した。前年構想したバリルートは夜に所要があり時間的に無理なので又の機会とし、WEBで見た未体験の町境尾根を往路に選びクラブのF氏と出かける事にした。
 19日のヤフー予報は快晴で朝食を摂っていたら突然の雨、雨雲が空を覆っていたので6時過ぎに一旦中止連絡したが、8時頃になったら青空気配となり急遽実行連絡をし2時間遅れの出発となった。
 木和谷林道沿いは沢山の駐車が有ったが初級コースPは数台の余裕が有りヤレヤレ。朝が雨天の平日なのに花目当ての登山者が如何に多いか人気ぶりが判る。駐車地から尾根取り付きまでの下り林道は適度な準備運動になり、中級コースを右に見て少し下のトイレ横から明瞭な尾根道に取り付いた。
 植林の標高差50m程が急坂であったが尾根に乗ると傾斜は緩んだ。WEBの記録も少ないのに整備された道が続き途中で単独下山者とすれ違った。展望は無いが静かな山歩きが楽しめるルートだ。時々見られたヤマザクラに感嘆の声を挙げながら地形図に現れないコブを二つ程越えて行くと大牧谷への分岐鞍部に着いた。初級コースで何度も通過した休憩場所でもあり、東へ続く尾根の行く先が気になっていたが今回で納得出来て満足する。ひと息いれてから急坂に入る。天空岩で展望を楽しみ第二展望台からの光景に今年も感動。萌え始めた新緑とヤマザクラの織りなす光景は何度見ても素晴らしく個人的には納古山一番の絶景と思っている。ヒカゲツツジが現れ、待望のアカヤシオは満開で迎えてくれて感激。遅い時間のスタートなので途中で一人追い抜かれただけであった。初級コースに合流したら早くも下山者。山頂に着いたら人が溢れていて驚いた。ザッと数えたら30人余。座る場所も無い程だったが下山者が席を譲ってくれた。ヤレヤレと席に着こうとしたら横手から名前を呼ばれた。みのハイクのK・Gの両氏で奇遇に驚いた。なんでもK氏のグループ19人が西尾根から登っていたらしい。曇量が多くて遠望が効かないのが残念。
 食後アカヤシオのトンネルが楽しめる西尾根623mピークへ向かった。辿り着いたら昨年は無かったのに花の下に山頂同様に沢山のテーブルと椅子が新設されていて興醒めした。山頂のベンチ類も長年利用させてもらっているので今更文句を付けるのもおかしいが、せめてアカヤシオのピークだけは自然のままに残して欲しかった。心なしかかってのアカヤシオの感動が薄れてしまい、雲が日を遮るので綺麗な色彩に見えなかった。三角点山頂は七宗町所有地なのでこの町境尾根も七宗町の管轄だろうがもう少し配慮が欲しい。出来れば山頂付近のテーブルやベンチも撤去して自然の山に戻してもらいたいものだ。
 又来年も花に会えるかなと思い強風に晒されながら下山開始。尾根上のヒカゲツツジとアカヤシオに別れを告げ550mからは植林の下り、毎度の事ながらこの標高差140mは辛い。尾根から沢沿いに右折したら今年も賑やかな蛙の声が聞こえた。
 登山口に着いたら最後の車両で下山道中でも中級コース入口に1台残っていただけであった。

写真 ①第二展望台から  ②人が溢れそうな山頂  ③西尾根623mピークのアカヤシオ

 

個人山行 桜見台・高山・鶴形山 

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 4月15日(土)18時58分12秒
編集済
   2016/3/20にみのハイク有志で編笠岳を終えてから寺尾の七つ岩巡りをした。その時に訪れた桜見台は寺尾千本桜を見下ろす絶景地であった。満開情報を得て昨14日に出かけて来た、今回は高山への巡視路ルート偵察も懸案であったので、午後にトライした。

①桜見台 370.0m 
 前日走ったばかりの板取川沿いの桜並木に改めて感動し上牧橋を渡り寺尾集落の中川原公園に駐車。周囲の枝垂れ桜が美しく、川沿いのソメイヨシノも満開で人混みの千本桜より感動ものであった。喫茶花の木前の石碑群に御嶽大神があり平地の路傍なので不思議。七つ岩の登山口の地蔵群を拝して遊歩道へ入る。前年会ったNPO代表から「昔は下からよぼし岩が見えた」と聞いていたが麓から岩上まで植林が伐採されてよぼし岩の全容が確認できた。ジグザグに登ったが岩の崩落がいささか不安。少し上の平坦部まで伐採が行われ桜なのか数本の植樹がされていた。緩やかな尾根や急な坂を経てほぼ予定通りで桜見台に到着。南方を見下ろすと寺尾千本桜が一望でき地元が宣伝している「天空の桜見」をした。しかし桜は花の下から見上げるのが最高で、花は満開時期なのに遠すぎて実感が味わえず白っぽい花の群落が望めるだけで期待外れであった。しかしそこでのコーヒータイムを過ごすのが目的でもあったので周囲の光景を眺めながらのんびり20分程滞在して下山した。

②高山 504.0m
 この山はみのハイクの登山道整備の対象となっているので、決定以前を含め数回登っている。登山途中で巡視路標識を見たり、地形図を時々眺めながら立花トンネルの先から巡視路を辿って高山・鶴形山を周回出来ないかと数年来考えていた。WEBにも記録が無いのでルートも分からず体力不足を含め途中で失敗に終われば仲間を誘っても迷惑をかけるので単独で臨んだ。
 国道156の立花トンネルを潜りすぐに左の道に入る。道なりに進むと高速道路を潜り鶴形山トンネル南入口の真下で舗装が切れた。高架下に数台の駐車スペースが有りここで甲羅乾しをしながら昼食を摂った。未知のルートなので六角堂からのメインルートに合流する地点までの偵察だけでもと軽い気持ちでスタート。地道の林道を少し進むと右手に巡視路標識が有り鶴形山からの下山に使えそうであった。少し先は林道が広くなってい右の岩場の下に小さな祠が見えた。帰途に確認する事にしてすぐ先の小川左にアルミの橋が架かり№7巡視路口であった。プラ階段の急坂をゆるゆる登る。尾根に乗ると心地良い道が続き平坦な210m地点に7鉄塔が有った。展望が開けて六角堂からの尾根北斜面にはヤマザクラが見えていた。巡視路は山腹を巻いて左へ続いていたが尾根芯には踏み跡が有りピンクテープが続いていて登山者が有る様だ。地形図の250m地点ピークで小憩、少し下って西を巻いて来たメイン登山道に合流。そこは登山道に陥没穴が有る所で、みのハイクが設置した分岐注意標識の場所であった。一応の目的は果たせたが折角だからと高山へ向かう事にした。尾根筋はミツバツツジが満開状態、この日納古山へ向かった仲間はアカヤシオに会えたかと思いながら進んだが、この山には皆無であった。何度も登った道なのに、今度も急坂に悲鳴をあげながらやっと高山へ到着。小憩を取りながら帰途は往路を戻る予定としていたがかなり戻らねばならず、距離的に大差は無さそうなので鶴形山を経由して下山路を探索する事にした。

③鶴形山 357.1m 
 高山山頂直下の分岐から踏み込まれた道を母野洞方面へ進み、440mピークから右折して鶴形山へ向かう。このルートは2007/1にクラブ有志で母野洞から鶴形山を回遊した時と2015/2のクラブ山行で辿っているのに記憶は曖昧。地形図とコンパスで方向は合っているが、近年の境界杭やピンクテープが続いたので道はしっかりしていたものの、標識の無い道で不安を抱いた。急坂を登り巡視路標識に出合えてヤレヤレであった。10番鉄塔は相変わらずの好展望、樹林帯へ入り僅かな距離で鶴形山山頂標識に着いた。倒れそうなケルンが積まれているだけで相変わらず展望は無し。小憩後往路を戻り№9への分岐から尾根を下った。プラ階段の道が続きこれは楽勝で下山できるとルンルンで下り始めたが、道は落ち葉に覆われていてどうやら290m付近の尾根分岐で左折する巡視路を見落とし屋根を直進していた。次第にヤブめいた尾根が続き時々立木に掴まって下り、随分長時間と感じたが稜線から40分弱で植林手前の林道に降り立てた。これで里へ出られると安堵。現在地不明で心配したが林道を少し下ったら往路高山へ向けて登り始めた7番巡視路入口に出会えてホッ。岩場の祠の祭神はと扉を開けさせてもらったがお札は無く御幣が納められているだけだった。場所的に山之神としておこう。2山の周回は鈍足なので4時間20分(休憩込み)も要した。かなり疲れたが長年の懸案解消に満足しながら帰途についた。

写真 ①花見台から寺尾千本桜  ②高山山頂  ③鶴形山山頂
 
 

個人山行 高社山416.6m・八曾山326.9m

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 4月12日(水)18時00分1秒
編集済
   年初にみのハイクの2017年度山行計画原案が決まり、2018年1月にKさんが高社山・八曾山の担当リーダーを務められる事になった。お節介ながら「ルート下見に同行してもいいよ」と伝えていたら4/10の指定があり、折角だから最近増えた可茂地区会員の親睦を兼ねての下見登山とする事になった。SLのSさんが地区在住会員名簿を作り勧誘もして頂いたので17名中13名の参加が得られ、山行部長の飛び入り参加も頂き、天気予報は傘マークが消えず心配していたが直前に曇天予報になり賑やかに出かけた。

 昨年の春川辺・八坂山での親睦会は少数での花見登山であったが、今年も又桜の開花が遅れグツドタイミングの花見登山になった。可児を9時に出て、多治見市大原・普賢寺の駐車場へ着いたら見事な枝垂れ桜等に驚いた。KさんSさん共々手みやげを持参して庫裡を訪れ、この日の駐車場利用と来年本番時の利用をお願いしたら快諾を頂け安堵。準備を終えて花々を眺めながらスタート。ドコモアンテナまでは自分が先導し、そこからはSさんにお願いした。先行組にやや遅れて高社神社に着き休憩。北峰はカットし愛宕神社経由で反射板展望台へ。小憩後高社山山頂へ向かった。なんと8名も初登頂者がいて途中から先行してもらう。山頂で記念写真を撮り反射板へ戻りランチタイムとした。好天なら絶景なのに生憎の曇天で三国山もボンヤリであった。下山は南の尾根下りルートをとり秋葉神社経由でドコモアンテナへ戻った。見事な枝垂れ桜を間近に見ながら駐車地へ。寺へのお礼挨拶を終えてから、最短距離で248へ出て、本番時の昼食場所候補の塩河公園へ立ち寄り亀割駐車場へ。桜が此処も美しかった。
 林道を経て山ノ神へ挨拶後2番標識から樹林を下る。このルートはFさん以外はご存知無くて好評であった。沢間近の湿地には数本のシデコブシが咲いていた。5番標識の岩場で小憩後シダの多い植林斜面を一ノ門線合流まで先導。一ノ門線合流地点からはSさんが先導、やっとの思いで三角点に着いたら祠前で先着組は休憩中。八曾山も4名の初登頂者がいて三角点を前に写真を撮った。お勧めの山頂西の石垣へ案内したが、展望は新緑には早く曇天なので此処もボンヤリで残念。下山時に枯れ松の展望地で高社山や愛岐三山を眺め、急坂を下り山伏の滝へ立ち寄り小憩。新しいトラロープの張られた急斜面を登って滝上に着いた。一部の人に滝口を覗いてもらってから沢沿いに20番標識まで遡上した。WEBで「八曾の奥入瀬渓流」と紹介される沢沿いの小径は初体験が殆どなので好評を頂いた。20番標識から植林を登り12番で林道に出た。毎度の事ながら最後尾をヨタヨタ歩いて駐車地へ着いたら、Kさんががコーヒーの準備を終えておられ感謝しながらご馳走になった。その後土田のニリンソウが見頃かもとのKさん情報で訪れ、可憐な花を愛でて解散した。

写真 ①高社山 ②八曾山枯れ松展望地より ③八曾の奥入瀬渓流

 

個人山行 大平山 380m  地形図標高 三角点なし

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 4月 8日(土)15時27分3秒
編集済
   3/29に地蔵山と併せて登る予定だったが下山時間遅れなどで断念、大平山は日を改める事にしていた。登り残しの山が気になり4/5にヒカゲツツジ期待で都合のついたみのハイク有志で出かけた。
 大平山は昔クラブ山行で創造の森での基礎訓練後、Yさんの案内で当時は地形図無名峰であったが登っていた。近年山名が地形図に記載されたせいかWEBにもかなり紹介されている。今回はひとり山歩きさんの記録等を参考にさせてもらった。後日過去のクラブ行事を色々な資料で探したら2007/4/15の事で前回訪れてから10年を経過していた。

 関からのメンバーと合流しWEB情報の県道脇に駐車。大平山に連なる山塊末端の岩塔を見上げ、あそこに立つのかと胸が踊った。標識もリボンも無かったが情報の「落石防止」標識脇から薄い踏み跡に入った。岩壁の下を巻いて進んだが踏み跡らしき道はSさんに言わせれば獣道だとの事。WEB情報では35分で稜線、40分程で岩塔に着くとなっていたのに、ヤブめいた樹林の登りに随分時間を要した。途中でKさんから先に三角点を目指して尾根を戻ったらとの提案が有ったが、あくまで岩塔優先で先導を頼んだ。後から考えると岩を避けて樹林帯を西に巻き過ぎて進んだ様で最後の急坂をよじ登った鞍部は320m峰の西であった。駐車地から見上げた岩塔は地形図の岩場マークをかなり下った位置となり辿り着いたピークからは木々に遮られ見下ろす事も出来なかった。残念ではあったが仲間の体調や、岩稜歩きの危険を回避したとすれば結果オーライか?。ピークからの眺望はまずまずでありヒカケツツジも少し咲いていた。鞍部へ戻り稜線の踏み跡を辿り次の320m峰を過ぎ、北に岩場マークの有る長い350m峰は南側斜面を巻いて進み、西端近くで尾根に乗った。岩場混じりの尾根の左右は展望が開けて心地良かった。少し下った鞍部に点名神田347.1mが鎮座していた。想い出の三角点は周囲が切り開かれて明るい場所となっていて記憶とは大違いであった。帰途は鞍部北に多数見られたピンクテープの斜面を下る事にした。ここからの稜線は近年行われたらしい新しい地積調査杭が続き歩き易かった。時々見られたヒカゲツツジの開花に癒されながら、緩やかな370mを越えて行くと先着組の待つ山頂ピークに着いた。記憶は失せていたが大きな岩が最高点に有り山名標識も三角点も無く、10年前は展望が開けてコンパスで山座同定などをしたが樹木の成長で展望は遮られていた。
 半日の予定であったので昼食を持参しなかったが、仲間はそれぞれに持参していて軽い腹ごしらえとなった。狭い尾根で記念写真を撮り三角点へ戻る。尾根途中でヒカゲツツジを前景にした富士山も見え、3/29に訪れた源氏蛍岩らしき場所も望めた。三角点横の鞍部からはピンクリボンが続く急斜面、下部は植林となり尾根末端は地形図に記載されていない林道勝負池線終点であった。やや荒れ林道を下り左手にシイタケ栽培地を見ると林道は良く踏まれていた。どこにも池は見られなかったが勝負池は有るのかな?。
 当夜Kさんからナビの軌跡図がメールで届き岩塔に立てなかったルートが確認出来た。再チャレンジの機会は果たしてあるだろうか?。

追記
 山名の読み方や何時から無名峰に名付けられたかの疑問を国土地理院へ問い合わせたら早々に下記回答を頂けた。
 お問合せの「大平山」のよみは「おおひらやま」となります。
平成25年(2013年)に地元自治体から申請があり地理院地図等に表記しています。


写真 ①稜線の花  ②神田三角点  ③大平山山頂

 

個人山行 地蔵山 508.6m

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 3月30日(木)21時02分19秒
編集済
   昨年1月のみのハイク山行高木山の時にSさんと眼前の源氏蛍岩を眺めて何時か同行をと約していた。点名川浦から源氏蛍岩(当時はそんな名前は知らず、427m峰まで足を延ばした。)へ向かったのは可児から台形に見える山が気になっての調査で2009/03の事であった。そろそろヒカゲツツジも咲く頃と思われみのハイクの仲間にも声をかけて昨3/29に久々に大勢で出かけた。
 三和で関からのメンバーと合流、上水無瀬林道の駐車スペースを心配していたが3台余裕で路肩に駐車出来た。地蔵山へは数回訪れているが今回は懸案としていた東の514m峰を経由して行きたいと計画し、いつもお世話になる美濃一人さんのレポを参考にさせてもらった。準備を終えて林道を緩やかに御殿山方面へ進む。間伐作業のせいかいつもは気付かない鉄梯子が数回見られた。レポでは尾根を回り込んだ位置からとなっていたのでカーブ直後の梯子前で検討。美濃一人さんの取付手前かと思われたが、梯子の上に赤ビニールが見られ登山者の気配が有り、尾根芯も間近なのでここから取り付いた。短い鉄梯子を登ると間伐直後の林で散らばった枝を縫いながら登る。標高差50m程急坂を登ると巨岩が現れ巻いて尾根に乗った。地形図の最初の岩場マークでは南の展望が。時々植林が迫るが概ね心地良い雑木の尾根道で小さなコブが続き時々左右に展望が開けていた。514m標高点は顕著なピークでは無かった。岩場マークの多い尾根だが尾根芯の踏み跡を辿るので気付かなかった。岐阜県造林公社のプラスチック杭が時々現れ、レポで見た防火用バケツが時々見られたが破損した物が多く近時は管理されていない様子。450mの鞍部から少し登ったら川浦三角点に着いた。地形図無名峰でこの山を知ってから長年「点名川浦」で馴染んで来ていて、近年採用された地蔵山の名前は未だしっくり来ない。初参加のメンバーもおられたので狭い空間で記念写真を撮って反射板横で小憩。春霞なのかスッキリせず見慣れた光景には感動も湧かなかった。平坦な尾根道を少し下った分岐には山神様の様な碑が有ったが刻みは無かった。先導は地形図破線の巡視路を下り始められた。自分は前回同様に尾根芯を下る積もりだったがハッキリした踏み跡が見られず仲間について急坂を下った。下り終えたら地形図に無い林道に出合った。植林の下にももう1本の林道が見えた。23鉄塔は間近に見えて草深い林道を進んだらなんと368m(地理院地図計測)の峠を巻いていた。23鉄塔鉄塔を経由して450mピークへ、この辺りはヤブが濃かった記憶なのに明瞭な踏み跡を行く。464m標高点と思われる場所には細い紙テープが数本括られ登山者の記憶なのか。南端から尾根芯の踏み跡を下った鞍部にはWEB情報通りに林道が越えていて看板を見たら「平成21年 源氏蛍岩線 岐阜県造林公社」の記載が有ったがこの林道も地形図に記されていない。南の岩棚へ上がると目的地の源氏蛍岩であった。この日の目的はヒカゲツツジとこの岩上でのランチ、ツツジは蕾ばかりだったが岩上からの大展望は記憶通り雄大であった。温かな日射しを浴びながら至福のランチタイムとなった。
 計画では往路を辿り23鉄塔へ戻る事にしていたが、林道が山腹を巻いている様なので方角が違ったら尾根へ登れば良いとの仲間の判断で林道歩きとなった。23鉄塔を眺める場所で左へ分岐する林道は23鉄塔鞍部へ向かっている様だった。林道左の23鉄塔への案内標識から上部林道へ向かい、上部林道から駐車地方面へ下って行ったら先刻辿った林道と合流したので直進すれば良かった。そのまま林道を辿り駐車地へ帰着。一山では時間も余るからと近時WEBでもレポの多い大平山も併せて計画していたが、期待のヒカゲツツジは蕾で、仲間の不調もあり地蔵山だけでこの日は終了し大平山は日を改める事にした。
 時間が早いので富加でコーヒータイムでもと話していたら、Mさんが準備して来たと言われたのでご馳走にあずかり休憩後現地解散とした。

写真 ①川浦三角点  ②源氏蛍岩から高木山方面  ③源氏蛍岩から地蔵山方面

 

(無題)

 投稿者:float cloud  投稿日:2017年 3月23日(木)10時18分31秒
  おめでとうございます!
良い画像が撮れましたね。
薬研山、行ったことがないので、
GG-さんの記録と画像、期待しています。
 

リベンジ 山之神

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 3月22日(水)14時27分9秒
編集済
   2日前の蛭川低山巡りの際、未確認で下山した山之神碑は残念無念で、気になって仕方が無く、また薬研山を登り残していたので、近場の三角点巡りを併せて登ろうと3/18に出かけた。蛭川の県道72を走っていたら目の前をカモシカが横切り民家の有る街中?なのにと驚いた。
 一之瀬集落の分岐点から目指す点名一之瀬のピークを探したが顕著な山は確認できずあれかなと推定。登山口を目指したが道路が良く判らないので山之神確認を先に済ませる事にした。

①リベンジ 山之神
 新道峠へ回って16日の鳶岩巣山登山口に駐車。左の路肩に駐車している車を見て酔狂な登山者が今日は入山しているなと思った。短時間の距離なので靴だけ履き替えてスタート。植林を登り尾根へ乗りピンクテープの踏み跡を辿って登って行くと記憶に残る斜面になった。2日前の記憶がもう曖昧で山之神はもっと短時間の場所だったがと少し戻る。再考して又登ると平坦な460m付近になりやはりおかしいとUターン。下る途中で山之神上部の割れ目に着いた。前回は怖くて覗かなかったが帰宅後改めてfloat cloudさんのレポで覗かれたとあったので落ちない様に注意しながら覗いたら有った!有った!。右手の道を下り岩の隙間を潜って広場へ着いた。改めて前回気付かなかった正面の隙間を見つけ少し登ったら右へやや屈曲した斜面に山之神は鎮座しておられた。レポ同様にお供えも有ったので戸数の少ない集落から定期的にお参りする人がおられる様で感服した。碑の背後は下り斜面が抜けていたので、次第に狭くなる隙間を横になって下り始めたが身動き出来なくなりそうで断念。メタボ試験は不合格であった。 踏み跡を僅かで尾根へ戻ったら往路はピンクテープに導かれ岩塊の右手斜面から上部方向へ登った誤りに気付いた。16日に薄い踏み跡に気付いて山之神広場へ着けたのは幸運だった。
 駐車地へ戻ったら16日に情報をもらったおばさんが「 鳶岩巣山へ行けたか?」と尋ねて来られたので礼を申し上げた。女性は山之神へ行ってはいけない習慣だそうで、関心は大いに有るらしくデジカメの画面を見せてあげた。路肩に停まっていた水戸№の車は登山者では無くて中電関係者で、リニア新幹線の送電線鉄塔設置調査に再々来ているとの事であった。リニアのルートとは外れているのに何処から電気を引いて来るのかと他人事ながら気になった。

②点名一之瀬  393.7m  4等三角点
 地形図を眺めながら登山口へ向かい東山温泉へ向かう峠手前の路肩に駐車。350mの峠東から取り付いた。明るい雑木林の踏み跡を辿り時々岩を眺めながらゆるゆると登り詰めたら大岩の手前に三角点が有った。樹林の中で展望は無いが大岩の北の岩テラスから僅かな展望が得られた。大岩の多い山は流石に蛭川と実感する。下山時に立ち寄った岩棚からひるかわゴルフ場や16日に登った若山が美しい姿を見せていた。

③薬研山 敗退 登山口偵察に終わる
 下山後登り残した薬研山へ向かう。岩寿荘横を抜け550m標高付近屈曲点からはダートな林道になる。ナビに薬研山の文字が時々見えるがドンドン走ると山名も林道表示も消えてしまった。Uターン地点も無いので先へ走り林道分岐からUターンし、途中右下への林道分岐に気付きそちらへ入ると屈曲していて薬研山北に達する林道に思えたが、ナビに林道は出ず現在地不明となってしまった。資料によれば林道から片道20分で山頂となっていたので油断していて、ここと思った林道脇から明瞭な踏み跡を進んだらドンドン下り地形図に合わないと思ったが、かなりパニックっていた様で現在地判断出来ぬまま山中を1時間余徘徊、伐採された植林帯になり山が全然違うと判断し往路を戻りやっとの思いで駐車地へ。
 我ながら情けなく納得出来ないので県道へ戻ってから、西側の林道からWEB情報の登山口を探しに走ったら今度は容易に発見できた。徘徊時にコンパスで確認もしなかったのは冷静さを失っていたと反省。ナンジャモンジャの咲く5月中旬頃にリベンジし何故間違えたか再確認してみようと思った。
 一座でも三角点詣でが出来たのは救いであるが、敗退ショックや時間遅れで予定していた幾つもの三角点巡りは不可能となり次回へ持ち越しになってしまった。

写真 ①山之神を上から覗く  ②山之神正面

 

蛭川の低山巡り

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 3月19日(日)11時36分11秒
編集済
   WEBで恵那峡のシンボル紅岩へ登れる事を知って随分になるが機会が無かった。付近には若山や鳶岩巣山と言う珍しい名前の里山が有り美濃一人さん等のレポを見て何時かはと願っていた。思いついて前日に地形図のプリントだけしておき、好天に誘われて3/16の10時前に家を出た。時間節約で往路は高速利用、瑞浪付近から青空の下に雪の恵那山や中央アルプスが久しぶりに望め気分爽快になった。

①紅岩 460.0m  三角点なし   最高点地形図標高

 天佑稲荷の広い駐車場に駐車。石段を上った左手の由緒碑によると昭和38年代に作られた霊場とあった。本殿右から紅岩登山道が設けられ解説板が設置されている。巨大な花崗岩は高さ約27m、幅約18mでダイダイゴケの一種が寄生して橙色に覆われ中山道を通った旅人にも大井宿の道標になったと言う。酸化鉄の影響と自分は思っていたので意外。鉄塔越しに紅岩を眺めて進むと次第にジグザグの急傾斜となり踏み跡を辿ったら紅岩の上に出て眼下に恵那峡が望めた。岩を縫って紅岩の北側へ登ると樹林帯となり大きな岩のピークが460mの等高線、山とは名付けられていないが一山達成とした。

②若山 491.9m  2等三角点  点名蛭川
 この山は里山マニアが北側の交差点や東の道路から等色々なルートで登られた記録があるが、自分は百草まるさんの記録を参考に紅岩からの稜線を辿った。紅岩最高点の北で登山道が右手から合流、その先は踏み跡程度で雑木や植林の中を縫って行く。460mのピークから下った植林鞍部から右手下に林道が見えたので帰途はそこへ下る事にした。尾根を直進して行くと地形図の岩場マーク付近は右や左に巻く。山頂直下は西側を巻いて北側から山頂に立った。事前調査不充分で帰宅後点の記で確認したら2等三角点で点名も蛭川となっていて明治36年選定の古い三角点の由緒ある山だ。土が覆い樹木も有り気付かなかったが東西8.3mの大きな岩上に設置されているらしい。山名標識も見当たらずスッキリ。樹間から恵那山や焼山が望まれた。往路を鞍部まで戻り間伐の植林帯を下って新しい林道へ下り、僅かな距離で舗装の林道紅岩線に出た。途中で路傍の案内板で豆腐石ため池を知り少し覗いて駐車地へ戻った。

③鳶岩巣山 513.1m  3等三角点  とんびいわすやま  点名 鳶岩巣
 奥渡公園で次の目標登山口をナビにセットしてスタート。県道72、408を走ったがナビはとんでもない迂回路を示して大回り、該当地は岩寿温泉入口に近かった。現在地や登山口を確認の為395m標高点(美濃一人さんのレポによれば県道408は旧黒瀬街道で岩寿荘への分岐付近は新道峠と言うらしい。)西の農作業のオッサンに聞く。「とびいわす山へ行きたいが」と聞いたら「とんびいわすやまなら東山温泉へ行け」と言う。間近に見えたピークでは無い。詳しい人に聞いてあげるとの事であったがそれは申し訳ないので礼を言って別れたが地元では「とんびいわす」と言う事が分かっただけで収穫。float cloudさんのレポに有る山之神の巨岩を訪ねたいとのルート選定をしていたのでここらの筈だがと少し進み.395m標高点東の民家前でオバサンに再度尋ねた。山の事はご存知無かったが南の道が一之瀬集落へ続く事が判明し、登山口間近が確認出来た。薬研山はご存知で「山へ何しに行くのか」と不思議そうであった。県道の広場でUターンして教えられた道を南下、左の鳶岩巣山から派生する尾根地形が多く取り付き不明の為付近の民家を訪れて尋ねた。山名はご存知無かったが山之神ならこの上の山に有るとの事であった。女性が山之神へ行く事は良くないと言われ訪れた事は無いが、少し先の路肩に駐車して左の山へ入ると放置された自動車が有りそこから獣道が有るらしいと親切に教えてもらえた。指示された小屋手前に駐車、林道気配の道を僅かに登ると田圃の跡、言われた通り錆びた軽自動車を横に見て植林斜面を登って尾根に乗り右へ進んだらWEBで見た巨岩に出会った。ここが山之神に違いないと判断出来たが肝心の山之神に気付かず岩の隙間を抜けて西側から岩上の尾根に上がった。境界杭や微かな踏み跡が続いていたが雑木主体の尾根は展望も無く派生する尾根に迷ってもとこまめに赤布を結んだ。数個のコブを越えて進み490mで北からの尾根が合流。帰途に備えて左右に赤布を結ぶ。山頂直下で巨岩に阻まれた。微かな踏み跡が北側急斜面に見られたので慎重に登り東から回り込む様に登って山頂に達した。三角点に割れた山名標識が立てかけられていてこの山を訪れる人は多い様だ。点の記では点名鳶岩巣(とびいわす)となっている。樹間から御嶽山の山頂部が僅かに見え、西の岩場からは笠置山が望めたが山頂展望は無いに等しかった。下山開始直後尾根を直進しUターン、左斜面の赤布に気付いてヤレヤレ。巨岩に戻り後は赤布を回収しながら下山した。往路にパスした山之神最上部に立ち寄ったが大きな裂け目で渡れなかった。回り込んで山之神広場へ出たがやはり山之神は見つけられず残念。(帰宅後float cloudさんのレポを読み返したら裂け目の下に有るらしく再調査せねばと思った。→気になって仕方がないので3/18に再訪し確認出来た。)

 あわよくばと狙っていた薬研山は時間切れで断念、駐車地へ戻りシャツを着替えて帰路についた。鳶岩巣山の山容確認をしたくて時々停まってみたがなかなか見当たらず一之瀬の道路分岐でようやくそれらしきピークが望めたが平凡であった。
 この山のWEBレポは多く、東山温泉からのルートが展望地も多くて人気の様でルートを変えて再訪したいと思った。

 

八百津の三角点巡り

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 3月 8日(水)15時08分41秒
編集済
   本年2月初めに美濃一人さんのブログで点名「峠」を拝見していて八百津の三角点巡りを久々に思いついた。それと何年も前に丸山バイパス新旅足橋の見物を兼ねて走った時通った鷲ヶ峰トンネルから鷲ヶ峰は何処か?と気になっていた。トンネル上のピークは地形図に山名記載は無いし三角点も無い。WEBでトンネル入口の解説板に一帯を鷲ヶ峰と称すると記載されている事を知ったので、436m標高点が鷲ヶ峰であろうと推定され、これを第一目標とし近隣の三角点巡りも併せて3/5に出かけた。

①鷲ヶ峰 436m 標高点
 バイパス横の瞑想の森への入口広場に駐車、トンネル入口解説板を見てから尾根末端へ。立入禁止のチェーン横から舗装林道へ入り僅かに登った終点から右の植林尾根の踏み跡を辿り、東から回り込む様に地形図の430m台地に着いた。境界杭が続き緩やかなコブが東西に連なり何処が最高点かハッキリしなかったが東端が感覚的に高く思えた。北側に作業道が見え西端のコブまで進んでUターンしたが何処も植林で展望は無く山名標識も無い。東端を自分で山頂と決めて早々に退散した。登っただけて何の感動も無い自己満足の山であった。

②点名渡ヶ峰 415.1m 3等三角点
 点の記によれば明治38年選定の古い三角点。所在地は字渡ヶ峰219番地・俗称鷲ヶ峰となっているのでトンネルの解説板通り一帯の地名らしい。三叉路から瞑想の森へ向けて進み二つ目のコブに取り付いてピーク立ったが三角点が見当たらない。マウンドを越え一旦道路へ下りて次のピークへ登ったら最高点より少し低い場所の松の木に白杭や紅白ポールが有った。保護石に囲まれた三角点は頭部だけ見えていたので白杭(プラスチック製)で三等の文字が見える所まで掘ってカメラに納めた。樹間から僅かに新旅足橋が見えただけの山頂。駐車地へ戻りながら古い旅足橋を見下ろし、旅足川対岸の次の目的地の山並みを眺めた。

③点名旅足 425.5m 4等三角点
 この三角点は連なる山々の先端近く、地形図では林道脇の中途半端な場所に位置する。点名は「たびそく」とされ地名の「たびそこ」とは違っている。4等でピークでも無いので魅力に欠けるが、標高差の少ない林道脇にあるので、ついで気分と川を挟んで鷲ヶ峰や渡ヶ峰の展望期待で選んだ。
 新旅足橋に駐車して目的の山を眺める。三角点位置を地形図で測ると下立(おりたて)トンネル南の林道は1㎞進んで標高差80m程の尾根登り、下新田からの林道は1.3㎞と少し遠いが三角点脇を林道が通っているのでヤブ漕ぎ不要と思われた。下立トンネルを抜けて車窓から眺めたら右手の林道は入口から荒れ模様に見えたので予定通り472m標高点北の林道分岐の路肩に駐車。車の進入も出来そうであったがススキが覆っていたので安全策で徒歩としたが1㎞位はダートながら入れた。緩やかな起伏の植林の林道を進み鋭角カーブの先に中電東部幹線61鉄塔への分岐。少し下った鉄塔から鷲ヶ峰や渡ヶ峰が望めた。林道口から1㎞程の距離を歩くと植林は終わり雑木林の尾根南を進み荒れた林道になった。三角点はそろそろかなと右手路肩を眺めつつ進んだが林道終点に着いてしまった。Uターンして尾根を僅かに登った斜面に三角点は鎮座していて中途半端な位置が不思議。帰宅後点の記を見直したら林道から僅かに高い位置となっていたが地形図には現れず、点の記を記憶しておけば良かったのにと反省。帰途の鋭角カーブで分岐する林道を誤って下り15分程ロスタイムとなってしまった。

④点名峠 467.9m 4等三角点
 旅足で昼を過ぎていたが展望期待の「水源の森」でと杣沢から久田見へ向けて走る。水源の森の看板を左折し舗装されていたがすれ違い不可能な狭い「ささ池林道」を1㎞走ったら展望の開けた駐車場に着いた。笹池地内の牧草地であった町有地にキリンビール(株)名古屋工場と八百津町などで桜やもみじ栗などを植えた森で2007年から始まったと紹介されている様に芝の丘に沢山の桜が植えられていて西・南に展望が開けていた。展望を眺めながらと思ったが車外は風が冷たく曇天なので車内で昼食を終えた。490m標高地の巨大アンテナは何の施設か確認に登ったら関電小屋ヶ根中継所のプレートが建物に見えた。隣接する展望台に登り目的の「峠」方向を眺めたが顕著なピークでは無かった。駐車場から林道を下った四差路から左の林道へ入りカーブ地点のピンクテープに誘われて右の鞍部へ登る。境界杭やテープが続き稜線の雑木を縫ってピークに着いたが三角点は見当たらず、緩やかに下り踏み跡を登ったら次の台地の雑木林内に三角点が有った。峠集落とは随分離れているのに点名が不思議。地形図最高点は少し先の470m等高線なのでここも中途半端な位置にあったが最高点を訪れる気も湧かなかった。数年前に箱岩山を終えてから黒川に在る同名の三角点を訪れた事を思い出した。滞在する価値も無いので早々に取付林道へ戻った。

⑤点名清水谷 472.8m 4等三角点
 ささ池林道を戻り県道83に合流し左折した峠地内の小屋ヶ根峠への旧黒瀬街道入口に駐車。県道北の54鉄塔巡視路のプラ階段を登り尾根に乗ると猪駆除檻が有り、右折してすぐの鉄塔台地手前の低地で理解に苦しむ場所に白杭が見えた。1994年設置のコンクリート杭に鋼製プレートの三角点では有り難みが湧かない。鉄塔のコブは木に囲まれて展望は無かった。所要時間3分、ついでに訪れただけで達成感ゼロであった。

 

個人山行 大蔵山・小島山

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 3月 3日(金)11時26分56秒
編集済
   百々ヶ峰間近な大蔵山の名を知って久しく何時かはと思い続けて来たが、みのハイクの仲間に誘われて3/1に鏡岩(岐阜県天然記念物)からのルートでやっと実現できた。

①鏡岩
 林道古津線の駐車地で参加者全員合流。案内はこの山域に詳しいNさんに一任で詳しいルートは知らされてなかった。駐車地から鏡岩ゲートまで1.8㎞、古津の集落内では珍しい水屋構造の蔵を眺め紅白の梅も見ながらのんびり歩いてゲートに着いた。ネットが張られた扉を解錠し進入したが中から再度施錠は出来ないので帰途にしてもらう事になった。高さ30m以上かと推察される巨岩の間の細い隙間に小径が有り長短のアルミ梯子が4度続いた。切り立った東側巨岩の表面は文字通り鏡のごとく光っていたが西側は少し苔が付いていた。梯子終了後は岩場で立ち往生、念のためロープを持参しておられたSさんが先頭で登られ立木に結んで張ってもらえたので安全を確保して登れた。しかしロープ張り等で尾根までに50分を要してしまった。鏡岩を過ぎ南側の尾根に乗ってから末端のヒトツバの繁る岩峰へ立ち寄る。右を巻いて岩上に立つと岩壁と長良川、藍川橋が織りなす凄い光景が拡がっていた。冗談なから鏡岩ならぬ凄岩(すごいわ!)と名付けたくなった。

②大蔵山 194.0m  三角点なし(地形図標高点)
 岩峰を後にして明るいヤセ尾根を辿る。マイナールートにしては踏み跡が続いていた。178m標高点北側斜面に祠が2ツ有り扉を開けたがお札は無く、もう一つは扉が開かず祭神不明。祠はそれ程古くは無いのに祀る人は途絶えたらしい。ピークを越えた西斜面に22鉄塔。ピークで古津からの登山道が合流したので明瞭な道になった。僅かに登ると大蔵山の山頂尾根、すぐ先に「のぽろう隊」の大蔵山標識、その北の右折地点が194m標高点で地形図の大蔵山の位置になる。記念撮影後次のピーク(地形図計測197m 地形図破線終了地点)に立つNHKデジタル中継局アンテナ下でランチタイムとなった。計画書は百々ヶ峰登頂予定であったが鏡岩で時間を要してしまったので取りあえず「芝生広場」を目指す事になった。アンテナ東下に21鉄塔が有り巡視路が植林の樹間を北へ標高差60m程下っていてプラ階段が足に堪えた。下りきると案内標識の立つ十字分岐と言われる場所。坊ヶ洞山峰580mの標識に従って山腹を巻く広い遊歩道を行く。何処まで行っても坊ヶ洞山の標識は見当たらず。帰宅後調べたら坊ヶ洞山は直登した20鉄塔の東に有るNHKアンテナのピークらしい。途中で樫洞山350m標識も見たが辿ったルートには存在せず、WEB検索しても出て来ないので機会を見つけて調べねば。尾根道を進み林道の芝生広場への分岐から整備されたジグザグ道の上の326m峰は今では芝生は無く、二つのテーブルが設置されテーブルピークと紹介もされている。ここでいささかバテた身体を休めた。この先のルート相談となり、予定の百々ヶ峰は時間的に無理なので、未踏の小生の希望を採用してもらい松尾池から小島山経由と一旦なったが、標高差が少ないルートが楽なので松尾池はカットする事になった。

③小島山 264.6m  三角点なし(地形図計測)
 この山は東海自然歩道が通っているが三角点も無く地形図も無名峰なので山名も知らなかった。今回の山行で地形図を調べた時に2015/03完成の小島山トンネルを知り上部がそうらしいと存在を知った。WEBで山名や東海自然歩道で検索しても殆ど記録は無く標高も出ていない。芝生広場で聞いた仲間の話では展望良好との話だったので期待を抱いて326m峰から南下する尾根を辿った。仲間達には馴染みのルートでお気に入りだそうな。他の登山者にも出合わず小さなコブを幾つも越えて行く。282m標高点から南東方向へ急降下となり196m付近の展望岩場でひと息いれた。そのすぐ下が一之洞林道のヘアピンカーブ地点、駐車地方面の道も分岐していたが我々は舗装林道を西へ進み小島山北の鞍部を過ぎる。下って来た尾根の282m付近からこの峠へ直接下るのが近いのにルートが見られないのは途中の岩場マークが阻んでいるかもしれない。カーブ地点左の植林内に薄い踏み跡が見られたが先の破線ルートへ仲間が進むので止め、Sさん提案の踏み跡ショートカットを進んだ。僅かに巻くと東海自然歩道に合流、手前に新しい赤布が結ばれていた。ザレた道を登っていくと山頂直下にベンチが数個設置され金華山方面の展望が開けていた。休息中の仲間の横を過ぎて取りあえず山頂へ挨拶に向かったが平坦な尾根道にケルンが積まれているだけで何の標識も無かった。ベンチへ戻り休憩、いつの間にか曇天になっていて遠望はスッキリしなかった。往路を戻るのかと思ったら自然歩道を東へ向かった。朽ちた自然歩道標識などから付け替えられたのかも思いながら下る。(帰宅後検索したら変更はされていなかった。)フェンスの張られた岩場は長良川展望台と称される絶景地であった。160m付近から道は北斜面の植林内をジグザグに下り飽きた頃にやっと神明神社の平坦地に出た。下部にはしっかりした自然歩道標識が残っていてすれ違う単独行の男性に会ったので辿る人も有る様だ。神社前を通過したら県道で右手に小島山トンネルの出口が見えた。信号標識でkojimayamaと呼称を確認し仲間に遅れてやっとの思いで駐車地へ帰着し解散となった。
 Sさんお勧めの長良川リバーサイドウェイの旧料金所付近へ立ち寄り、鏡岩が良く見える地点から長良川越しに写真を撮った。岩の狭間の確認は困難であったが聳える岩壁は見事であった。

 個人的にはなんとか足の痛みも少なく未踏峰2座を終えられて仲間に感謝!感謝!。不明であった小島山標高はケルン付近が地理院計測で264.6mと出たので自分の記録はこの標高にした。

 

みのハイク双葉30山 三座巡り

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 2月27日(月)21時58分20秒
編集済
   2/23にみのハイクのIさんとコーヒータイムを過ごした時に、継鹿尾山のバリルートの話が出て2/25(土)に行く事になった。折角なのでご無沙汰の可児市内の仲間も誘って出かけた。継鹿尾山だけでは短時間で終わるのでみのハイク推薦双葉30山にある各務原の三峰山・権現山も計画に組み込んだ。

①継鹿尾山   273.1m  2等三角点  点名栗栖村

 かたびら公民館をのんびりと9時5分前にスタート。最短距離の犬山市小野洞砂防公園駐車場で準備を終えてスタート。尾張パークウェイを跨ぎ市道から細い登山道へ入る。地形図では誤って2車線の道路表示になっているがどう見ても破線の徒歩道である。130m標高地点から右への尾根へ久しぶりに入った。地形図の2車線道である。心地良い雑木林を進み北への直登になると岩場めいた道になり背後の光景が見渡せる場所で立ち休憩。240m標高で左からの明瞭な登山道に合流し緩やかな尾根を辿って東屋の有る山頂に着いた。ハイカー数人に出会う。展望を楽しみ小憩後山頂を去ろうとしたハイカーにシャッターを依頼して記念写真を撮る。寂光院への道を下り始めたら御嶽山が綺麗に見えた。220mの尾根道から左の微かな踏み跡へ入る。以前辿った時は案内板が有った様な気がするが何も無く踏み跡はシダに覆われて不鮮明になっていた。沢筋に出会った地点から対岸の山腹を巻いて進んだ記憶であったがいくら探しても道が見当たらない。これは失敗だったかと反省しUターンも考えたが、沢の右岸に踏み跡が下っていてテープも見られたので最悪寂光院下に出られると思い先導した。170m付近まで下り沢に水が流れている場所の対岸へ踏み跡が続いていて微かな記憶が蘇った。ところがここからの細い道はシダが生い茂り殆ど足下を隠していて危険極まりないので注意を呼びかけつつ登った。随分長時間に感じたが10分程で190m尾根道合流点に達し、そこからは整備された登山道を下ってスタート地点へ帰着した。

②三峰山    245.0m  三角点なし  標高点

 尾崎団地を抜けてから尾崎南運動公園へ下る道の記憶が無くて2回Uターン。仲間が見つけてくれたので桜並木を下って駐車地へ到着できた。
 尾崎西町の県営住宅を抜け三峰山山麓に到着したらそこは中央登山口であった。何年も前にみのハイクを退会されたK氏の案内でここから初登頂してから何年経っただろうか?。手入れされたジグザグの急坂をゆっくり登り232m標高点の東屋へ到着。久々の大展望に感動。西や北はやや雲量が多くて山座同定は難しかった。展望が良いので当初計画通りここでランチタイムとした。昼食を終えて僅かな距離を進むと山頂。久々の山頂はベンチが増え展望も抜群になった感じがした。山頂東へ明瞭な登山道が下っておりまだまだ未踏のルートがいっぱいの山である。ハイホー氏のHPによれば「登山口は各務原市側に7ヶ所(尾崎団地から5ヵ所、東海学院大学北から2ヶ所)、岐阜市側に4ヶ所の11ヶ所で、ルートは20ルート」と記されている。たった一人の先客のオッサンは金華山→西山→舟伏山→岩田山→三峰山で5座目、山頂北の岩場ルートを登って来たそうで、これから権現山→琴塚権現山→洞山→鷹巣山と周回予定とか。その元気さにはただただ頭が下がった。シャッターをお願いして記念写真後下山開始。東登山口まで尾根を辿る計画であったが次の権現山登山口への距離が遠くなるので馬の背十字路からジグザグに下って尾崎北町登山口へ下りた。

③権現山(尾崎) 207.9m  3等三角点

 尾崎団地内を抜け尾崎小学校南斜面の梅を眺め南町集会所の登山口へ到着した。ここからの登山道は取り付き直後「落石あり通行禁止」の表示とロープが有りこれは困ったと思ったら、ピンクテープが散見されたので崩壊地の迂回路かもと思い尾根に取り付いた。ところがこの尾根は岩場や灌木の急坂ヤブ漕ぎを山頂直下まで強いられた。登山道合流地点にもロープと通行禁止表示が有った。ヤブ経験の無い仲間達には苦労させてしまい申し訳なかったが不満も出ず頑張ってもらえた。頂上は樹木が疎らになりベンチも設けられ明るい雰囲気になっていた。運動公園へ向かう下山路は整備されていたが松枯れ、楢枯れで伐採された木が多く山頂同様明るい道であった。

 帰宅後WEB検索したら落石表示は2015/11のレポで既に掲載されていた。(クラブ双葉30山踏査は2014/06実施、その時点は通れた。)また中日本ダイカスト工場付近や、瞑想の森からの東尾根コースもあるらしく(途中に御岳大神祠あり)一度辿ってみたいものだ。
 尾崎権現山の近くには芥見権現山(若葉30山)、各務原権現山(双葉30山)があるが、随分昔にクラブ山行で辿ったルートの金華山→鷹巣山→洞山を経た琴塚白山比咩神社の奥の院ピーク(190m峰)を琴塚権現山と言うそうで、(WEB情報) 一日で4ツの権現山巡りなんて遊びができそうだ。

 

大森西山地(仮称)巡り

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 2月27日(月)20時52分56秒
編集済
   昨年2月に4回に分けて辿った仮称「大森東山地」の続編。今回の「(仮称)大森西山地」は大森川を挟んだ西の丘陵地でその南半分は1971年に転居した頃より林道を辿ったり、町・市境界を辿ったり、三角点探し等で馴染みの山域であった。北半分は居住地より尾根を適当に辿って旭小学校まで数十年前に歩いた記憶はあるがそれ以北は未踏であったので懸案解消に出かけた。

2/18 点名中組 152.4m  4等三角点

 家族に大森台団地南端まで送ってもらい関電80鉄塔への案内板より巡視路を辿る。僅かな距離の130mピーク鉄塔周辺は笹の群生で展望は無い。切り開きを期待していたが鉄塔から南の鞍部は笹の激ヤブで掻き分けて僅かに進むと雑木林となり山の神碑がポツリとあった。尾根を南へ進みピークを左折して東の尾根に乗る。138m標高点付近から平坦な尾根を南下。北姫財産区の杭が続き顕著な踏み跡を辿ったら下切の旧国道へ下ってしまい大失敗。登り返すのも面倒なので三明寺前の市道の急坂を登り大森鉄工の先で重機置き場を抜け点名中組のピークへ向かった。造成地の急崖上のぎりぎりの位置に三角点は有ったがいずれ崩落してしまうのではと思われた。崖の縁を下り市道へ出て宮町団地脇から旭小学校西へ出た。白山みどり台団地を抜けて旧旭小学校学習林の歩道から尾根に乗った。数度辿った昔の記憶は全く失せていたが微かな踏み跡を南下し関電180鉄塔から松伏団地が見えてホッとした。ここからは明瞭な巡視路であったが170mピークから松伏団地へ向けた最短尾根を選んで進んだら激ヤブに突入となり難渋した。展望もない雑木尾根の連続でわざわざ辿る意義は全く無かったが、途中唯一の三角点確認とルート北半分がどんな山地か確認出来ただけの自己満足であった。
 当初計画は主尾根をなるべく忠実に辿る積もりであったのに、北姫財産区歩道の一部から三角点中組までの約570m、旭小学校グランド南端からの約550m区間が計画とずれてしまったのでいつかリベンジをせねばと思った。

2/21 点名牧峠 194.3m  4等三角点   点名姫 186.4m  4等三角点

 (仮称)大森西山地の南半分の起点は以前訪れた点名牧峠とした。松坂町4丁目の団地入口まで送ってもらってスタート。団地北端の児童公園北コンクリート壁沿いの踏み跡僅かで懐かしい三角点牧峠に到達した。地形図では市境になっているが所在地は可児市奥山である。縦走の趣旨から市境の刈り込まれた尾根を西、北へと辿り県道83の四差路へ下り立った。林道ゲートにガードマンがいると鬱陶しいがと心配していたが幸にも無人で林道へ入れた。僅かに登った地点から西の尾根に乗り北上する。市境となっていて大森財産区の杭が続き、近年国土調査も行われた様でテープや明瞭な踏み跡に助けられた。地形図の190m標高点付近は植林帯で手入れがされていて下草も無かった。市境を離れた180mピークには携帯アンテナ、そこから緩やかに登った尾根上に白杭の三角点姫が有った。久しぶりに訪れたが白杭も真新しく、4等三角点なのに一人前にICタグまで埋められていた。点の記に平成21/11現地調査となっいるのでその際に行われたかも。少しアンテナ方向へ戻り北西に向かう尾根を辿り市境尾根へと進んだが落ち葉の樹間はルート不鮮明でやや焦った。市境尾根は途中まで毎年の様に歩いているので順調に進んだが最後の300m程を時間切れでショートカットして林道へ戻ったのが残念。

写真 ①ルート概念図  所要時間は両日共ヨタヨタ歩きのせいでほぼ3時間

 

またまた低山徘徊三座 

 投稿者:GG-  投稿日:2017年 2月10日(金)21時56分22秒
編集済
   昨年秋岐阜市山県北野の大智寺へ紅葉見物に出かけた際に門前に立てられた看板で勢引山の名前を知った。三角点も無い地形図の無名峰だが独特の山容に魅せられていた。前週の関低山巡りの時にみのハイクの仲間からこの山の話題が出て思い出し、懸案の三峰山南尾根ルートや近くの点名高富と併せた低山巡り計画を立てて2/8に仲間達と出かけた。7:20自宅スタート時の路傍温度計は-3℃の寒さであった。

①勢引山(櫂立山)150m(地形図等高線標高)
 「戦国時代初期、北野城を攻めあぐねた斎藤勢が一時勢力を引いたと言われる山。またかって長良川がここを流れていた時は急流の為舟の櫂を立てて進んだと言われている。」と岐阜・大智寺前の看板に記されていた悠久の歴史を感じさせてくれる山。WEB情報にもヒットせず地形図を眺めて南西の船国寺東の実線路からの尾根を辿ればヤブでも傾斜が緩いので到達できると推定して計画した。同行願った仲間が事前に確認されていた三輪中学間近な駐車余地と登山口らしき場所へ案内してもらった。用水路フェンスの切れ目から踏み跡を辿ったら僅かな時間で地形図に無い鞍部で尾根に乗り明瞭な踏み跡を辿って山頂へ向かう。130mのコブを右折し標高差僅かなのにきつく感じる斜面を登り詰めた台地が山頂であった。樹林に阻まれて展望は無かったが石柱が立っているので刻まれた文字を見たら御料局三角点であった。山名標識も何も無いがこの三角点の存在で山頂の雰囲気が味わえた。往路の尾根を戻ったが南は雑木、北は植林となっていて一帯は国有林かと御料局三角点から推定された。登りに気付いたが立木に巻かれた古い赤ビニールが散見されたので物好きな里山フアンも有る様だ。鞍部からは探検気分で寺に向かって地形図に現れないコブを登り詰めたら奉納旗で祭神が判った「金比羅神社」の小さな祠があった。地形図の実線はこの参道と思われたが入口の用水路切れ目フェンスはロープが張られていて個人の山かも。ロープの隙間から道路へ出て駐車地へ戻った。山麓の道を走りヤフー地図で名前を知った船国寺らしき建物付近を通ったらロープが張られて廃寺の雰囲気であった。
 予報では前日の「強い風も収まる」であったが稜線は北風が冷たかった。

②三峰山 216m (山頂標識記載標高)
 この山は旧高富町と岐阜市境に有り不動明王が祀られているだけで三角点の無い地形図の無名峰である。みのハイクのSさんに教えられて2014/1に仲間に誘われて登ったのが最初であった。その時山頂の標識に三峰山216mと標高表記されていたが、2.5万図は220m等高線、今回電子国土で見たら218.6mと出た。みのハイクの双葉30山に入れたが標高の確定が困難で山頂の標識数字とした。展望良好な里山なのにWEBでも唯一「高富の里山 三峰山210m」のユーチューブ映像(2015/4UP)にヒットしただけの不遇な山である。映像を見ると山頂標識の216mの6の文字が痛んで0にみえたのでこれで標高を210mとしたらしい。他の情報で岐阜市太郎丸北郷に「是ヨリ十八丁 昭和二年十一月建之」と刻まれた大日不動明王道標が有ると記されていたのでその頃からの信仰の山であろうか?。
 今回はクラブ踏査記録にある岐阜女子大東の尾根ルートから山頂に達し、東峰、西峰を確認する計画とした。駐車地の脇に「大日不動明王遊歩道」の標識が有りここから入山し木製階段を登って尾根に乗る。矢印案内で右折し登って行くと140mピーク手前に御岳神社の祠。南の展望が開けベンチも数個設置された絶好の休憩地でもあり小憩。ピークを越え左右の光景や前方の三峰山の展望を楽しみながら緩やかな起伏を繰り返す。159m標高点付近からは中アや御嶽山も見え始めた。山県岩からのルートを併せて幟が続くジグザグ階段を登り詰めると山頂で不動明王を参拝。次の目標である点名高富は南西に見下ろせた。標高を判定した山頂標識は禿げて山名も標高も判らなくなっていた。次第にクッキリとして来た大展望を肴にしながら昼食を終え東峰へ向かう。2015/2のクラブ山行の下山時に途中まで歩いたが記憶は失せていて踏み跡を辿って着いた展望の無いコブが東峰(地形図190m)であった。往路を戻り山頂から次は西峰(地形図210m)に向かった。こちらのコブも展望は無かったが三峰の由来を確認できただけで満足した。西峰から続く尾根に踏み跡が続いていたので「このまま高富を目指そうか」との声も出たが所要時間が読めないので往路を戻る事にした。山頂で大展望に別れを惜しみ、往路をピストン予定であったが健脚の仲間2名が車両回収に向かってくれると言うので元気印に甘える事にし残りのメンバーは短距離の山県岩登山口へ下った。のんびり下ったら到着直後に回収車が2台到着しその韋駄天ぶりに驚いた。

③点名高富 136.5m 3等三角点
 この山を何処から登るかは地形図によれば稜線に破線の道が幾つも記されているので迷った。目的はピークハントなので、ならば最短距離をと点の記を閲覧したら「松洞団地最奥から小径20分」とあった。グーグル航空写真を見たら該当地は空き地が有ると推定されたので団地の狭い道を詰めたら「売地看板」のスペースが一区画残っていてそこに駐車。石垣の背後は山林だが小径の気配が無く東斜面にそれらしき道が見えたので隣家を回って進んだ。これが小径かなーと思いながら進んだが次第に怪しくなった。雑木の薄いヤブ急坂を赤布を結びながら登り鞍部に着いたら地形図表示の明瞭な踏み跡に出会えた。左折して僅かな距離を登り詰めると周辺は雑木に囲まれて展望の無い山頂台地であった。この日唯一出会えた三角点は草に囲まれていた。間近な立木に白ビニールが巻かれ点名と登頂日26/02、KYCと記されていたので東濃地区で良く見たYUYUクラブのメンバーの物と推察した。往路の赤布を回収しながら下山し登山口で解散となった。後日検索したらH27/2に高富中学校の裏(東側)から登った記録が唯一ヒットしただけで踏み跡が有るのに不遇の山と思えた。

 短時間の低山巡りであったが懸案解消が出来同行願えた仲間達に感謝感謝の一日だった。

写真1枚目 勢引山(櫂立山)山頂

 

レンタル掲示板
/25