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クラブ山行 百々ヶ峰 417.9m 

 投稿者:GG-  投稿日:2018年12月13日(木)21時32分15秒
編集済
   戌年に因んで養老山地の犬の尾(別称梵天)がみのハイキングクラブの忘年山行として12/09日曜日に企画された。梵天は1998/01に単独で登っていて20年ぶりの再訪に期待大であった。
 忘年山行と言う事でキャンセルも数名あったらしいが総勢48名の大所帯でスタート。県庁組と合流して21号を走っていたら、今冬一番の冷え込みのせいか池田山が雪景色で驚いた。窓を打つ小雨に心配しつつ養老SAを外から入って休憩。国道365を経由して勝地峠への林道を走る頃にはみぞれ模様となった。林道カーブでリーダー連が協議してこの悪天で登るのは無理と判断し岐阜の百々ヶ峰へ転進する事になった。登山口のふれあいの森へ着いたのは関を出て4時間近くかかっていた。
 ストレッチを終えて東海自然歩道ルートでまずは権現山を目指した。このルートを登るのも久々(2011/11/20のクラブ山行で展望芝生広場まで行って昼食)であった。駐車場からの標高差245mに大汗をかいた。権現山は標識に375mと記されていたが地形図370m地点。祠が有った筈だがと東へ少し下ったら最近改築された姿で白山神社の標識が立っていた。仲間を追って340m鞍部林道へ下ったら東屋に全員が集まっていた。ここで今年最後の山のセレモニーが始まった。代表世話人の挨拶、当日誕生日のMHさんの祝、メインは1週間後に傘寿を迎えられるMNさんの祝であった。ワインで乾杯、女性陣の作られた沢山のケーキや菓子を馳走になってランチタイムに移った。食後ここで記念撮影を終えて百々ヶ峰へ向かった。山頂展望台に登って休憩。養老山地は相変わらず雲に覆われていた。恵那山や中央アルプスはなんとか見えたが御嶽山は隠れていた。下山ルートは反射板へ立ち寄って下る事になり管理道や山道を下って行く。記憶より西峰341.4m(点名下岩崎 4等三角点)は随分遠く感じた。六本松反射板の展望地で金華山を間近に眺めてUターンして西峰へ戻り反射板巡視路を辿って駐車地へ戻り、CL挨拶をもらって解散となった。

写真 ①上石津の雪景色  ②百々ヶ峰三角点  ③百々ヶ峰から金華山

 
 

個人山行 高天神919mと三角点巡り7座

 投稿者:GG-  投稿日:2018年11月28日(水)10時56分26秒
編集済
   高天神の山名は2002年発刊の「岐阜の山旅」で初めて知った。紹介ルートは春日から4時間を要する厳しさであったが、2013/12に「みのかもからの山登り」さんが山頂間近に達している林道から短時間で登頂された記録をWEBで見て何時かはと思っていた。伊吹山で遊んだ2015/8の下山時にドライブウェイから眺めた高天神の雄姿に益々憧れが強まっていた。地形図で調べたら池田山の西山域の最高峰でもあった。昨年11/03に池田山へ登った後作業中の人とふるさと林道の開通時期を話して高天神への思いが益々強くなっていた。今回の山行計画に入れた9峰のうち山名が知られたのは高天神、明神山の2峰のみ、だがこの2山も地形図では無名峰である。
 体力不安も残っていたが林道情報を池田町建設課へ問い合わせ林道が閉鎖される前にと思い立ち、何年も前から課題としていた林道沿いの三角点巡りと合わせてみのハイク有志を誘って11/25に出かけて来た。
 今年7月に開設された「道の駅パレットビアおおの」に集合しスタート。池田温泉から林道を走ったが上部の紅葉は終わりかけていた。これから登る山々の展望は無いかもとパラグライダー基地に立ち寄り眼下の景色を眺め、森の駅を通過して初めて「ふるさと沙羅林道」を進む。同乗の仲間に地形図を見ながらのナビを依頼し送電線の通過地点を確認しながら進み点名境の登山口を探す。送電線を過ぎた西に巡視路入口を見つけて路肩に駐車。登山靴に履き替えて西部幹線L68標識から入山。登る途中に前日に雪を纏ったと言う伊吹山や高天神らしきピークが眺められたのはラッキー。樹間の点名境770.9m三角点に着きひと息入れて下山。
 点名西谷は行き過ぎて戻り、道路脇の垂井町標識近くに「ドードコ奥の綱谷」と記されたカラフルな標識横の尾根から南西に僅かな距離で点名西谷728.6mの三角点に着いた。
 西谷を過ぎた急カーブ林道から分岐する林道は急傾斜で始まり、地形図を確認しながら荒れ気味な道を進んだ。林道分岐や送電線に注意しながら行き、林道カーブ脇に駐車し林道南の尾根末端から僅かな距離に点名奥春日809.9mは有り、落葉の木々の間からの展望もまずまずであった。
 このピーク南から分岐している林道は更に荒れていて車幅ぎりぎりの狭い場所も有った。高天神南東尾根の林道が分岐する鋭角カーブからの道は急坂と落ち葉で不安になり、ここから歩いた方が良いかもと思ったが、行ける所までと少し進み北東尾根のカーブ地点路肩に駐車した。目の前は急崖で取り付けそうにないので少し戻って南東尾根に取り付いた。最初は植林尾根であったが上部は落葉の灌木になり心地良い。立木を縫って緩やかな尾根を進んだ石灰岩の多いピークに色鮮やかな高天神山名標識が括られ、近くの立木に黄色ビニールテープが巻かれていて三角点は無いが山頂の雰囲気があった。落葉のおかげで西に伊吹山が大きく迫って見えた。念願の山へ立てた事を喜びながら記念写真を撮り小憩後下山開始。尾根の数ヶ所でビニールを見たのでこの山へ登る物好きも時には有るらしい。駐車地へ戻ってからランチタイムを終えた。
 難路を戻りふるさと沙羅林道へ戻ってホッとする。林道を下り春日からの林道と合流地の林道案内看板で現在地確認。押又谷の表示から目前の尾根が点名谷奥へ続くと判断できた。計画では谷奥の南西尾根が距離的に短いと考えていたが、南東尾根は距離は少し長くなるが傾斜も緩やかで鮮明な踏み跡が見えたのでここから取り付いた。植林の尾根だが所有者矢橋林業の杭が続いていた。点名谷奥610.1m三角点は植林の中に鎮座していたが最高点の数m南であった。
 点名五字谷登山口を探しながら作業道押又西平線のゲート前広場まで進んだ。取付は少し西が良さそうで車を進めた。事前の地形図計測で400m強で近いと判断していたが現場の斜面は手強そうだった。車のナビで現在地が判ったので取付きの楽な場所を探しながら車を進めたら紅葉の美しい南東尾根が望まれた。道路からは崖で取付不可能なので尾根末端まで進んだ。地形図に無い作業道が尾根の西側に出来ていて入口はテープで閉ざされていた。地形図を見ていた仲間から「点名岩手」の前と指摘され驚いた。五字谷南東尾根は距離的に1㎞程と遠くなるが山頂まで緩やかな尾根が続く。作業道を少し進んで鞍部から右の尾根に取付いた。登りながら女性陣が赤布をこまめに結んでくれる。690mの尾根分岐を左へ進みかけて女性陣に呼び戻され、そこの樹間から五字谷が随分遠くに見えた。境界尾根のおかげか踏み跡がハッキリ。少し下り緩やかな台地を行く。左側の春日側は植林だが尾根芯境界垂井側は自然林で落葉樹林や名残の紅葉が美しい。途中から三岐幹線巡視路になっていてプラ階段が現れた。ルートが長くなり予定外の時間を要したが、やっとの思いで雑木林台地の点名五字谷726.1m三角点に到着した。ここは登山口から自然林の中を緩やかに歩けて心地良く拾い物の山でもあった。
 駐車地へ戻り路肩の垂井町標識から尾根に取付き点名岩手681.4mまでは100m程の僅かな距離であった。
 計画では15時に終了して帰るとしていたが既に予定時間を過ぎていた。しかし折角だからもう一つ山名が有り、車で行ける明神山だけはぜひ行きたいと思い訪れる事にした。名前で興味が有った岩手峠は何の特徴も無かった。林道を登り返し明神神社への標識に導かれて進んだ細い道の終点が神社の駐車場であった。帰宅後検索したが祭神等不明、地形図に神社マークが有る割りに祠を少し大きくした程度で拍子抜けした。参拝後遊歩道を僅かに登った左手に点名明神(明神山)658.7m三角点が有ったが標識も展望も無かった。明神山の名前は随分昔から何かの書物で知っていたが登山対象の山では無かった。WEBでも菩提山からの縦走記録が散見される程度で、一帯は「関ケ原明神の森」と言う生活環境保全林として整備された施設らしい。
 時間も遅くなり予定していた点名明神下(明神山より標高が高いのに明神下?)はカットして帰途につく。ナビでは往路を戻るか、春日経由らしいが明神山から関ヶ原へ下った方が早そうに思えて僅かに走ったが工事中通行止でUターンし往路を戻る事になった。森の駅で伊吹山の落日光景を見たが寒くて早々に退散。道の駅おおのまで約1時間を要した

 

みのハイク 山行700回

 投稿者:GG-  投稿日:2018年11月20日(火)10時30分52秒
編集済
   自分がお世話になっているみのハイキングクラブの山行が設立23年を経て700回の山行を迎えた。大勢の参加者を期待して11/18実施計画の「船山」を700回記念山行とすると10月の世話人会で決まっていた。
 自分は体調不安から迷惑をかけてもと不参加としていたが、直前にリーダーから電話が入り記念山行なので古い会員に参加願いたいと言われ山上まで車で登るメンバー数名にお供して来た。
 久々の41号線の紅葉を期待していたが既に終わりかけていて残念。スキー場を越えた上部の林道は前回船山へ向かった時と様変わりした伐採地帯があった。やっとの思いで駐車場標識の広場に着いたら既に登り終えた仲間達が祝賀会荷物搬送の為に待機しておられた。アンテナ群の最上部まで行くからと伝えて車を進め軽いザックを背負って歩行開始。すぐの三角点は看板で良く解るが上部欠けて痛々しい。前回の記憶は無かったが何時壊されたのだろうか?。船山神社を参拝して道を進んだら台地地形先端部から左折していて前回はここで戻っていた。地形図に現れていないが急な下りの後に又少し登ると北アルプスの山々が目に飛び込んで来て驚いた。車中で渚山の大展望を話して来たのにそれ以上の光景。少し先が東屋の立つ展望台で1450m標高点。先着した仲間達がワイワイと賑やかであった。スキー場の最上部で若かりし頃スキーを履いて来た事もある筈だが記憶は無い。北アルプスの大展望台となっていて、天気も幸し薬師から北ノ俣、黒部五郎、笠、三俣蓮華、双六、槍・穂高、十石山、乗鞍、そして御嶽と続きこれだけの展望を得られる場所は余りなかろうと感動した。今年は雪が遅いので僅かに彩る程度が惜しまれた。後刻Mさんが望遠レンズで覗いたら水晶岳も見えると言ったので改めて見たらそれらしきピークが確認できて又感動。

 50人近い参加者で新しい会員も多く知らない顔、名前も知らぬ人も多く、山行機会の減った自分は余所者の雰囲気だった。準備も整い全員揃ったところで700回の祝セレモニーがSさんの司会で始まった。創設者のSZさんの挨拶では創設メンバーも5人ほど参加との事。ワインで乾杯、くす玉割りなどが続く。有志手作りのケーキもおいしく頂いた。新会員紹介や代表世話人の挨拶、記念撮影等を終えてから絶景を肴にランチタイムとなった。標高も高くフリース、ヤッケにマフラーで寒さを凌いだ。展望に名残は尽きないが予定時間となり登山グループは予定外の花木園遊歩道を見て下山すると言ってどんどんスタート。自分も遅れながら山頂へ登り返したが、僅かな急坂に息が切れるお粗末さであった。セレモニーの歌も音頭取りのTさんが「みのハイクの歌」以外としたそうで時代交代しつつあるとぼやいていた仲間の声に時の流れを感じた。
 山登りには残念ながら参加出来なかったが、節目のセレモニーに参加出来た事と、なにより久々の北アルプス展望を良しとしようと思いつつ帰途についた。

 

テストウォーク 鳩吹山

 投稿者:GG-  投稿日:2018年11月13日(火)22時12分4秒
編集済
  11/01に一泊入院をしたが、経過が心配で体調チェックをと思い立ち11/12近場の鳩吹山へ出かけて来た。
 曇天の午後なのに駐車場には数台。久々に大脇ルートを体調を試しながら牛歩登行開始。下山者チラホラ、スピードで追い越すオッサン、やはり市民の山だ。ジグザグの急坂に汗が噴き出したがなんとか登れて小天神展望台でひと息入れた。ここから山頂までは傾斜が緩んだせいかほぼコースタイム通り。歩道脇に狂い咲きのツツジが1本。313.3m3等三角点山頂からの光景も曇天では絵にならず。休憩していたら若い親子連れが到着。みのハイクの大先輩S氏の記念標柱がクラシックで良いとそこで記念写真を撮っていて、存在感があるのだなーと感心した。良く見たら標柱上部がトタンで覆われ雨対策されていた。今まで気付かずにいたが釘の錆があるのは相当以前の補修と思われご本人が行われたのだろうか。体調次第で両見山方面へ少し回り道もと考えていたが曇天では気分も高まらない。同じルートを戻るのもつまらないので久々に南東尾根を下ってみる事にした。錆びたゲート横を抜けるとしっかりとした踏み跡が有り今も辿る人がありそう。2.5万図にもこのルートは載っているが一般遊歩道では無い。旧パノラマコース岩場から下を覗いてみた。荒れた感じがしたが帰宅後WEBをみたら未だ挑んでいる人が有った。この先は台風の余波か倒木が多く道も不鮮明で誤りそうになった。踏み跡を辿ったら岩場で終わり、いつも登る時にこの分岐の先は?と思っていた場所らしい。下るのは十数年ぶりで、度々通った登りと光景が違うので慎重にルート確認。そのうち小雨も降り出した。尾根先端からは馬頭観音へ下った方が安全と思い進んだら踏み跡が消えて立木に掴まりながら僅かな岩場を下りた。
 雨も酷くならずに下山でき、2時間程のテストウォークは無事終わった。

写真 ①山頂  ②倒木の下山尾根

 

おれんじの会 高賀六社一観音めぐり

 投稿者:GG-  投稿日:2018年11月 6日(火)22時30分1秒
編集済
   高賀山系を囲む神社群信仰については朧げな事しか知らずにいたが、数年前みのハイクのSさんから郡上市が主となって毎年巡る企画があると聞いていた。自分で巡っても回るだけに終わってしまうのでに郡上市へ紹介したら、美並の団体が主催し郡上市美並振興課が事務方を務めていると教えられた。6月に概要を入手しみのハイクのブログで予告しておき8月末の締切で希望者を募ったら20名に達した。マイクロバス2台の人数制限の中へなんとか組み入れてもらえて11/03の開催日を迎えた。
 関に集合し4台で美並の日本まん真ん中センターへ。時間が早かったがタイミング良く開館してくれたので寒さを避けて室内で待機できた。事務局のKさん、六社一観音めぐり連絡協議会会長のIさんに挨拶ができた。渡された資料で総勢41名となっていてみのハイキングクラブが半数も占めて申し訳なかった。
 センター前で開会挨拶後ペットボトルを1本頂きマイクロバスに乗って星宮神社へ。地元の方から由緒などを聞く。やはりウナギは食べないそうだ。宝物殿無料開放で貴重な文化財を拝観。自分としては掛仏は初めて見たので感動した。ふるさと館も開放されていたが時間的に断念した。林道を登りニリンソウが美しいと聞いていた八王子峠へ。花、新緑、カルスト地形など見所豊富らしい。峠の八王子神社は車窓参拝して狭い林道を下り新宮神社へ。色づいた紅葉と見事な県天然記念物に指定された神社社叢の杉林の参道を登る。古色を帯びた社殿に往時の信仰が伺え、横手の小さな宝物館には重要文化財の掛仏を含む宝物が沢山。珍しい掛仏についてIさんに聞いたら熊野権現信仰には多いと教えられた。又配布してもらった朱印帳の「聞持不忘」の下に「聞き識ったことを忘れないこと。記憶力増進。」と小さく印刷されていたので聞いたら、神社は全て虚空蔵菩薩信仰と繋がっていたそうで虚空蔵菩薩は智慧の仏様と教わった。又新宮神社と本宮神社は珍しく北向きに建てられているがそれは高賀山を背後に祀られたからと。又両社の祭神は不明で「那比大神」とされているそうな。国道256へ出て狭い林道を進み本宮神社へ。神社よりかなり手前から草の生えた参道を歩かされたがここも杉の巨木に挟まれた雰囲気のある道であった。元々の神社はもう少し山側に有ったが土砂崩れに遭ったので宝物類は失われとか。ここでは地元の皆さんが焚き火で迎えてくれて心遣いが嬉しかった。少し上の県重要文化財の五輪塔と宝篋印塔を拝観。盗難防止の鉄柵が痛々しかった。国道256へ戻り長いタラガトンネルを抜けて板取へ出て南下。モネの池の観光客が溢れる中の狭い道を入り白谷観音(浄念寺)へ到着。今回の企画まで知らなかったが美濃三十三観音の一番札所とか。迎えてくれた瓶居玄崇老師94才によれば観音の三十三変化身の数字に意味を持たせて観音三十三霊場、三十三間堂などがつくられるようになったとか。 ここで昼食となり建物内では地元オバサンの接待が有り、板取名産芋餅を馳走になった。予定を早めて各自で間近なモネの池を往復。池周辺の紅葉は未だこれから、溢れる人だかりで絵にもならず感動も無い。12:30にバスはスタートして高賀神社へ。祭礼が始まっていて宝物殿を覗いていたら笛の音が聞こえたので巫女さんの舞を見物。時代のせいで音曲がカセットから流れていたのには興醒めであった。祭の餅投げには時間が有ったので各自2ヶ入り袋を配ってもらえた。滝神社は拝殿まで車で上がってもらえて楽々。地元の方の解説が色々有ったが賽銭箱が無いのが特色と聞いたのが印象に残った。昔賽銭箱を設置したら疫病が流行ったので無くしたら治まった事に由来とか。皿の賽銭は子供達の小遣い、今では子供がいないので大人が頂くと笑わせた。滝へ下り受験参りに人気の落ち口中央の「落ちない石」を改めて眺めた。石段下で待機バスで最後の金峰(カネミネ)神社へ移動。瓢ヶ岳へはいつも前を通過するのに訪れるのは初めて。意外に奥行きのある神社だった。藤原高光が初めて妖魔の形を知ったので「片知」との地名なったそうな。日本まん真ん中センターへ帰着、コーヒーを頂きながらアンケートを記入して解散となった。
 主催された六社一観音めぐり連絡協議会の皆さんの細かい心遣いに感謝すると共に、それぞれの神社仏閣関係の皆さんの暖かい心配りに感動した一日であった。

写真 ①星宮神社  ②高賀神社にて  ③朱印帳
 
 

リベンジ三角点探し + 水晶山

 投稿者:GG-  投稿日:2018年10月29日(月)16時24分22秒
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   10/25に点名鍋山と点名東濃牧場を見つけられず心を残して帰宅。帰宅後点の記を拡げ拡大地図もコピーしておき、昨10/28リベンジに出かけた。
 二つの三角点だけの為に遠出ももったいないので三峰山から城山へ繋がる尾根上の水晶山を目指す事にした。この山は2007/01にみのハイクのクラブ山行で岩村ダムから三峰山を経て訪れていたが、山頂から西へ城山までのルートは未体験なので以前からの懸案でもあった。三峰山と水晶山の間の特徴の無い場所に4等三角点水晶山960.6mが有り、地形図の水晶山は三角点無し、城山との間には点名水晶があり、地理院の命名のいい加減さ?に呆れる。

 何度も訪れた岩村城跡へ寄る必要は無かったが水晶山の山様撮影のため短時間の登城。朝早いのに遠隔地ナンバーを含め観光客やハイカーがかなりいた。
 水晶山登山口近くに空き地が有ったのでそこまで下って駐車。城山自動車道の鞍部は標高670m、水晶山への道標に導かれて行く。地形図は尾根通しに破線が記されているが700m鞍部まではほぼ平坦な巻道が尾根の南についていた。良く踏み込まれているがかなり細い所もあった。鞍部から本格的な登りとなりジグザグに高度を上げる。道は整備されているので地形図を開く事も無く植林内の尾根道を行く。北側は時々自然林で色づいた木々が見え、南の植林帯も間伐の進んだ所は茶臼山か段戸山方面が樹間から望まれた。登る途中で下山する若い親子に会う。「水晶が採れたのでしょうか?」と挨拶後会話を交わす。山名の謂われも知りたいものだ。彼等は岩村ダムから三峰山を経由して来たそうで子連れにしては元気だ。南の間伐の進んだ明るい尾根を登り詰めたら「水晶山958m」の標識に出会いオヤオヤ。途中の「三角点水晶」に気付かずに山頂へ着いてしまった。11年前の山頂は植林の中で展望無く暗かった記憶だったが、南側が少し間伐されて遠くの山が見えていた。ひと息入れて下山開始、
 今度は三角点を見つける為に地形図を睨みながら下った。坂道の途中の登山道南側に倒れた白杭を見つけ、傍に「点名 水晶871.0m 4等三角点」石柱も見つかってヤレヤレ。幾つもピークが有るのに中途半端な位置の設置理由が不思議であった。途中で2ツ程見かけた宮三角点の様な石柱は何だったろう。村の文字が見えたので帰宅後村境の印かとネットで調べたら登山道は岩村町の範囲であった。
 下山後見晴無しの駐車地で昼食も味気ないので、持参していた恵那市山歩きマッププリントを開いたら城山自動車道を下った位置に「姥ヶ洞ため池」の表示があったのでそこまで下った。蓼科の御射鹿池に似た雰囲気で、畔のススキが美しく始まった紅葉が水面に映りなかなかの光景であった。湯を沸かしてラーメン、コーヒーでのんびりと昼食を摂った。
 ついでにと思った点名飯羽間へは集落内の道が複雑で偵察のみで断念し東濃牧場へ向かった。リベンジの点名鍋山686.7mは25日と同じ場所に駐車。林道も走れそうに見えたが心配なの徒歩でスタートしたが間近な所に倒木が有って通行できず歩いて正解だった。緩やかな登りの先カーブ地点から植林内を覗いたら白杭らしき物が見えた。林へ入ってすぐ三角点発見。先日の苦労が報いられた。立派な点名をもらいながら何の特徴も無い斜面に有るのが不思議。写真だけ撮って退散した。先日電波塔と誤認したのは送電線鉄塔であった。ならば前回誤った地形図の電波塔はと林道薙の根線へ移動して南のピーク付近まで登ってみたが発見出来ず地形図の誤りでは無いかと思った。
 牧場館への道から路傍のススキや恵那山、中央アルプスを撮り、東濃牧場へ向かう道では始まった紅葉も楽しみながら走り、前回未発見の三角点を探す。拡大地形図や点の記の図面メモを片手に交差点路傍をウロウロ探したがなかなか見つからない。図面位置と少し違うと思われた三叉路の草むらを掻き分けてやっと「点名 東濃牧場668.6m 4等三角点」を発見。白杭は朽ちかけて近くに転がっており、コンクリートの三角点杭は倒れかけていて最近見た三角点では最悪の状態、苔むした保護石だけ目立っていた。つまらぬ金属製だが懸案解消を喜んでから、南東へ少し走り牧場の悪臭に悩まされながら鍋山全体光景や恵那山、中央アルプスを撮って帰路についた。

写真 1枚目 水晶山山頂

 

三角点遊び 続

 投稿者:GG-  投稿日:2018年10月27日(土)16時16分10秒
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  点名 上平   うわだいら  657.3m  3等三角点
点名 古野川  このがわ    654.3m  4等三角点
鍋山      なべやま   770.7m  2等三角点 点名 野井

10/14の「諏訪が峰」のついでに行きたいと願いながらも実現出来なかった三角点探しに、好天の10/25に出かけて来た。

点名 上平
 稲津から県道66を走り「道の駅らっせいみさと」に近づくと眼前にデンと聳えているので以前から気になっていた山。地形図を見ると道の駅近くから破線のルートが有るが、国道418の古野川集落からの道が三角点間際へ通じているのでこれを利用する事にした。県道から山容を撮ったら植林の気配、残念だがどんな所かと道を急ぐ。国道沿い集落内への道に入りUターン、少し南の舗装された広い道を登ったら山上の平坦地で東山上ヶ平集落であった。牧場やら民家やら点在していて道が判らず右往左往したが細い地道へ入ったら東海自然歩道の標識に出会った。お茶場跡で大名街道一つ目の休憩所であったとか。この辺りの自然歩道は歩いた事が無いので何時か辿ってみたい。幸な事に車のナビは林道も出て来るのでそれに従ったが、ここから先は草も伸びた林道が続いた。林道が二股に分かれる広場に駐車。すぐ脇の平坦な植林の中に三角点が有る筈なので近辺を探す。地形図では林道脇なのになかなか見つからなかったが林道から見えない灌木の中に発見できた。展望無しの平坦な人工林の中では山頂の雰囲気も湧かず早々に退散した。

点名 古野川
 上ヶ平集落へ戻り次の目標を探すも進入林道の位置が判らず一旦は諦めかと思ったが、近くで畑仕事をしていたオッサンに情報を聞く。ここはやはり開拓部落で当初は8軒有ったそうな。三角点はご存じなかったが地形図を見せて林道と池の事を言ったら少し下った所に入口が有ると教えられた。礼を言って向かったら上平への林道より少しは良好な細い林道であった。1㎞程入ったら小さな溜池があり車は此処まで。地形図で方向の見当を付けて池北の作業路らしき道を登り尾根に乗る。倒木の多い平坦な尾根を縫って南下し最高点らしき台地に着いた。最高点付近をここでも右往左往して探す。諦め欠けた時低木の陰に白杭と三角点が見つかりヤレヤレ。最高点より20m近く離れていて低木に遮られて発見が難しかった。ここも展望無く三角点を見つけられた事を良しとして退散した。

鍋山=点名野井
 点名野井は2等三角点で三角点遊びでは大きな目標だ。点の記によれば明治36年に設置であるが昭和50年7月に4等から2等に格上げされたのも興味が湧いた。いつもお世話になる美濃一人さんのHPを拝見したら「恵那地域誌」や「恵那市誌」では鍋山の標高770m,770.4mとなっているとかで、ここを鍋山山頂とされていた。地形図を見ると北麓には鍋山集落や「鍋山のメンヒル」などが有り「山域を表す地名だろう」との記述に同感。
 畜産試験場脇から北へ進み大沢谷林道の看板を見て走ったら左手に池が見えた。池の北に野井助郷坂道の標識を見てから池南の空き地に駐車。久々にコンロで湯を沸かしラーメンとコンビニ弁当で昼食を終えた。ルートは目前の尾根末端に取り付きひたすら植林の高みを目指した。林に入ってから赤布を忘れた事が悔やまれた。立木の間の草はほとんど無いが踏み跡もはっきりしておらず、幅広の尾根はアチコチへ分派していた。時々現れるヤセ尾根の道は鮮明だが他はどこでも歩ける状態。それでも往路は高い方向へ向かえば良いのでなんとか山頂台地に到達できた。HPに掲載されていた通り植林の平坦地の中にポツンと三角点があった。白杭も保護石も無く国土調査の赤リボンが近くに括られていた。写真を撮って帰ろうとしたら破れた地理院の旗が落ちていて、付近に赤白ポールも横たわっていたので美濃一人さんに倣ってポールに縛り三角点脇に立てておいた。下山時は注意をせねばと思っていたのに方向違いの北へ下っていて10分程ロスタイム。尾根へ登り返したが往路の記憶はほとんど失せていて、枝折りや地面の目印を残した積もりなのにそれも見つけられず不安に駆られながら下った。案の定、後から地形図で再確認したら最終地点で尾根の向きを誤っていて地形図に無い細い水路に出会った。水路沿いの平坦な小径を辿ったら駐車地の南へ戻れてホッ。里山も舐めてはアカンとまたこの日も反省。地形図読みも感ピュータも相変わらず頼りなくて我ながら恥ずかしき限り。

 溜池の先から鍋山の西北を走る林道は草が少し伸びた地道となった。曲がりくねった道を不安を感じながら走ったら「鍋山メンヒル」の標識に出会った。東濃牧場まきば館を訪れる度にメンヒル標識は見ていたので何時かは訪れたいと思っていた。広場に駐車して踏み跡を登ったら標識は無かったがWEBで見た事の有る「馬禿」の展望地であった。( WEB = 馬禿は、かつては麓から見ると馬の形をした崩壊地でしたが、植生が回復し回りの松やヒノキが大きくなって今ではその姿が隠れてしまっています。)地元が立木を伐採されたので笠置山や恵那市街が望め、崖にしがみついた木も見事であった。広場から歩道が続いていたのでそこを下ったらメンヒルに着いた。(WEB = メンヒルは立石ともいって、巨石記念物、原始的な呪術・儀礼、あるいは信仰と深い関係をもった遺構であるとも考えられている。最近この2つの立石の間から夏至の日の出が確認されている。)
 次の目標としていたこの山塊ズバリの点名鍋山は、地形図を見誤りウロウロしただけで発見できず断念、帰りにと思っていた路傍の三角点東濃牧場も見つけられず又々悔いが残った。

 

労山 山まつり 各務原アルプス

 投稿者:GG-  投稿日:2018年10月22日(月)12時56分49秒
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  みのハイクがお世話になっている岐阜県勤労者山岳連盟(労山)恒例の山まつりが11/21好天のもとに各務野自然遺産の森をベースにして行われた。

昨年は雨天中止となり我がみのハイキングクラブが今年も担当となり、CLのSさんの指揮のもとに諸役を担った。みのハイクの45名、県内山岳会の仲間を加えて総勢70名程となり、6グループに分かれての各務原アルプス周回、とん汁サービス、宝探し、郡上踊りなどで秋の一日を楽しんだ。

自分は体力も無いので、本部・アトラクション係としての参加であったが、それも又楽しい経験だった。

写真 ①開会式  ②豚汁準備中  ③閉会前に郡上踊り

 

山の話と播隆さん

 投稿者:GG-  投稿日:2018年10月19日(金)10時43分58秒
  10/16に太田宿小松屋で行われた播隆忌に因む毎年恒例の話を聞いて来た。
播隆上人没後178年になるそうで、来年が180回忌とか、播隆さんが開いた揖斐の一心寺で2020年に180周年法要を計画していると正道院住職が話されたので楽しみ。

会場でこの講演を長年共催してこられたネットワーク播隆黒野代表の著作が発売されていたので購入した。
近くにおられた黒野氏にせがんでサインをお願いしたので貴重な本になりそう。
「ただ歩くだけのことだが山登り」と書いて頂いた。

宣伝を頼まれた訳ではないが紹介しておく。

写真 ①小松屋での黒野氏挨拶
 
 

三角点遊び すわがね 732.2m

 投稿者:GG-  投稿日:2018年10月16日(火)12時27分14秒
編集済
   「諏訪が峰」この山名を知ったのは美濃一人さんのHPからであった。山名と山容に魅せられて何時かはと思い資料としてプリント保存した2013/02以来5年ぶりの懸案であった。美濃一人さんは大泉集落の春日神社から登っておられたので自分も辿ってみたかったが、時間の都合で点の記で見た林道からの最短距離を行く事にした。
 午前の雨模様が回復した10/14の午後に思いついて出かけた。山容確認の為まずは明知の千畳敷公園へ走った。駐車場から舗装歩道を登り始めたら「光秀産湯の井戸」が有り可児市にも有ると聞いていたので驚いた。最上部はパノラマ広場と言われ明知市街が見下ろせる高台で鎌倉時代に明智城と共に築かれた「千畳敷砦」だそうな。美濃一人さん同様のアングルで諏訪が峰の山容を撮り、ついでに地形図で知った三角点を探したら東端の生垣際に有った。四等三角点千畳敷公園494.6mであった。金属製で感激も無い。帰宅後点の記を見たら平成10年設置となっていた。
 国道363を戻り吉良見集落を過ぎ右折して舗装した山道へ入る。林道表示は無いので市道かもしれないが狭かった。3㎞程走ると710m標高付近で峠地形、右にチェーンゲートの地道林道が見えて地形図で見た登山口だと思われたがUターンできず少し下って戻りチェーン前に駐車した。
 チェーン左右に「すわがね山頂→」の案内板が設置されていてオヤオヤ。平仮名表示は地元小学校の登山対象の山かもしれない。ルートは尾根通しかもと覚悟していたが、これは助かるとチェーンを跨いでやや荒れの林道へ入った。すぐの所が9月の台風の影響か倒木で塞がれていて跨ぎながら通過、次の場所の倒木は潜る。林道が下り始めた場所右に又山頂への案内。植林の中の歩道を少し下ると左への案内、この辺りから自然林となり気持ちが良い。標識やテープに導かれたので地形図を出すまでも無かった。緩やかに登り詰めたら台地状の山頂となり真ん中に石祠が見えた。碑の正面には「諏訪大明神」と刻まれこれが山名由来と思われた。横には文化4年(1807年)9月。正面は東向きなので美濃一人さんの辿られた尾根が参道であったかも。広い台地の何処に三角点が有るのかと見回したら、祠背後に見られた倒木の枝の間に白杭のみ見えた。回り込んで小枝上から覗いたら綺麗な三角点が見え、2等だけあって貫禄が有る。帰宅後点の記で確認したら明治20年選定だが昭和50年設置となっていて真新しく見えた筈だ。美濃一人さんのレポと標高が違うのは平成27年9月改則の結果であった。三角点を覆う大きな倒木は2本、元々南西方向が伐採されていて展望が開け茶臼山や屏風山方向が望まれた。小憩を終え短時間ながら念願だった山頂を踏めた事に感謝しつつ駐車場へ戻った。
 午前が悪天で断念したが、近くの2等三角点野井、4等三角点鍋山、3等三角点上平など次の機会にはぜひ訪れたい。

山名について
 美濃一人さんがパノラマ広場で「鶴岡山、諏訪が峰山」を聞いておられた。山麓の吉田小学校校歌は「すわがみね」と歌うそうだ。点名の「大泉村」は山域の旧地名。
 鶴岡山は旧鶴岡村が由来と思われてウィキで調べてみた。そこには村名は鶴岡山に由来すると記されていて逆であった。村の行政区分を見ると三角点は鶴岡村の区域からやや離れて大泉村に有る。
 山頂付近は天正2年(1574年)、武田勝頼が明知城を襲撃したさい、明知城主遠山一行・叔父利景を救うために織田信長、信忠、明智光秀が布陣した場所と記されていた。

写真 1枚目 千畳敷公園パノラマ広場からの諏訪が峰

 

鳳来寺山 684.0m  三角点なし  以前あった三角点は廃止

 投稿者:GG-  投稿日:2018年10月14日(日)12時04分10秒
編集済
   2019/01に予定されているみのハイク山行のリーダーK氏に誘われ、10/10好天の日の下見山行に同行して来た。
 豊田東JCTからの新東名は初めて通るので興味津々だったが山間部ばかりで展望の無い高速道路であった。新城ICを出て間近な道の駅を偵察後、国道151を北上し長篠信号を左折して鳳来寺へ向かった。クラブ山行時は表参道から登る予定なので門谷(かどや)駐車場を偵察。道路脇で交通指導をしておられた地元の人に駐車場情報を聞いてから鳳来寺山パークウェイを走った。ところが本線から山上Pへ向かう分岐にゲートが有り開門は8:00からとなっていて待機となった。7:40頃管理人が開門に来て7:45になったら入って良いと言って戻られた。時間を待って入ったら駐車料金徴集人であった。駐車場からの展望も良くて見える街並みを聞いたら豊川・豊橋と教えられた。登山準備をしていたら関係者と思われるオバチャンから鳳来寺からの登山道は倒木で通行止め、東照宮経由でなら可と伝えられた。1月の登山下見なのでと言ったら自己責任でと言われた。
 緩やかな車道を下って東照宮を右に見てすぐに大きな鳳来寺本堂へ。案内板には鳳来寺山の標高は695mとされていた。WEBでも新城市役所など695m標高を採用されている事が多い。(695m表示は瑠璃山の位置であるが、後日地理院地図を拡大検索したら瑠璃山の位置が鳳来寺山となっていた。)門谷からの名物石段は何処かと探したら本堂の西へ上がって来ていた。本堂の西側の岩壁が鏡岩(屏風岩)か?。背後の石段脇に山上への標識が有るがテープが張られて通行止め。見上げれば巨木が石段に倒れかかっていて東照宮経由での誘導案内が掲示されていた。ここからは自己責任と言う事でテープを跨ぎ倒木を潜り石段の上に出た。小さな古いお堂が有り鳳来寺の看板が有ったので此処が本来の寺かも。時々小さな倒木も有ったが急階段の多い自然歩道を登って行く。30分程急坂を登り展望の有る白山石塔の岩場で小憩。又急坂を登り勝岳不動の小さな滝や石仏群を見ながら進む。六本杉は大きな切り株が1ヶのみ。その少し上で倒壊しかかった奥ノ院に到着。その上で尾根に乗り自然歩道のベンチや休憩舎を横目に急坂を登り詰めると鳳来寺山山頂であった。標識は11年前に訪れた時同様の684mが立っていた。2007年に訪れた時は684.2mの3等三角点が有った。帰宅後古いアルバムを開いてみたらベンチ脇にデンと立っていたのに、いつのまにか廃止になった様で今は地理院検索にも三角点は出ない。(廃止になっている事は山たまご氏のWEBで行く前に知っていたが。)ザックを置いて少し北の瑠璃山へ向かう。岩峰の下に以前有った山名標識が無く不安であったがチムニー状の隙間を登り岩上に立った。頂上も標識無しであった。雄大な棚山から宇連山に連なる展望を楽しみ、別ルート隙間から歩道へ戻り、棚山への道の岩稜まで進み又展望を楽しんだ。ここなら危険性は無いので多数が楽しめる。三ツ瀬明神、冨幕山、坊ヶ峰なども望め、又この光景が見られた幸せを感じ、心地良い風に吹かれながら、下見に同行させてもらえてリーダーに感謝を伝えた。山頂へ戻り小憩後鷹打場への稜線遊歩道を下る。2ヶ所文部省の名勝天然記念物境界碑が立っていた。起伏を繰り返し天狗岩へ着きここも大展望。岩壁際の岩上に天狗岩の木札があったが何処から見ても天狗には見えない。東屋は崩壊しつつあった。少し下り南アルプス展望台標識に導かれ岩場に上がったが雲に隠れて見えなかった。WEBでは富士山も条件良ければ見えるとあったのでクラブ山行当日を期待したい。東照宮経由の登山者数組とすれ違い挨拶を交わす。彼等は我々の様なへそ曲がりでは無いのでピストン登山。577m峰への急坂を登り終えてほぼ直角に南下するヤセ尾根は急であった。賑やかな若者グループが鷹打場分岐で休憩中、少し会話を交わして下り鷹打場到着。途中で会った先客が食事中、我々も展望を楽しみつつランチタイムとした。先客がいた石のテープルは便利。ここから見上げる稜線の岩壁は人面にも見えたのでそれが天狗岩なのだろうか?。食後にリーダー提供のコーヒーを馳走になり下山開始。分岐から下った記憶だったが天狗岩から南下する尾根まではほぼ水平の巻道であった。下りになって苔むした東照宮が見え始めたが余りにも小規模で、もっと鮮やかな色彩の記憶だったが平凡な姿。三大東照宮とされていて、三代家光建立とされる古い社である。石段を下って往路に戻ったが駐車場まての緩やかな登り道は疲れの出た身体には負担であった。路傍のモミジもそろそろ色づき始めていた。 駐車場へ戻り濡れたTシャツを着替え、湯屋温泉への鳳来寺山パークウェイ経由で帰路についた。

写真 ①鳳来寺山頂光景  ②山頂付近の案内板  ③瑠璃山岩峰から宇連山

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可児再発見ツアー 2

 投稿者:GG-  投稿日:2018年 9月29日(土)18時22分56秒
編集済
  中山道巡り 大湫宿・細久手宿 歴史と文化を学ぶ

2018/09/28(金) PM13:45~17:30

ぐずついた日々の中、この日だけは幸にも晴天に恵まれて、可児市生涯学習コーデイネーター主催の行事に参加させてもらった。今回は市役所のマイクロバスを利用しての中山道宿場めぐりの遠征?であった。

①琵琶峠西口
 コーデイネーターさんの概要説明を受けてから自由散策。峠頂上まで往復した人が多かったが、自分は何度も訪れていたし、体力不安もあって入口の石畳光景を撮っただけで車待機とした。

②大湫宿
 真新しい感じの大湫宿西駐車場で待機しておられた「中山道ボランティア」2名の2班に分かれてガイド付き散策。帰宅後調べたら1843年頃の人口338人、本陣1脇本陣1、66軒中30軒が旅籠とか。以前何度も訪れた観音堂は懐かしく「大湫宿に過ぎたるものは観音堂と大杉」と聞かされた。高台から見下ろせた田圃は大湫の由来である湿地であったとか。天蓋付きの石仏や観音堂内に絵天井が有るのは新発見。神明神社では大杉の話や祭礼に使われる山車が成瀬家、神輿が尾張徳川家から下賜された物と聞いた。秋祭のお囃子は今でも地元の若者が担っているそうだ。2軒見られた虫籠窓(むしこまど 主に漆喰の塗屋造りと呼ばれる町家建築の二階部分に、縦に格子状に開口部を設けた固定窓のことを指す。多くでは漆喰を塗り回され、窓といっても開け閉めできるものではなくささやかな明り取りや通風を目的としたものであろう。)は初めて知ったので興味深かった。又大湫宿を作った時に隣家との境界を背割り側溝と言う石造りの溝で示された話も面白かった。脇本陣は保々家個人所有で表札が掲げられている。壁の紋所が桔梗なので土岐一族であるとの説明を聞いた。古民家を改装した丸森と言う観光施設が数年前に出来ていた。各家の前に屋号札が掲げられ旅籠が多かったらしい。

③細久手宿 大黒屋
 大黒屋の主人が表で説明をしてくれた。細久手は亜炭鉱山が有り、工場誘致などの開発が早くから進んで大湫の様な光景は消え、宿場の遺構は大黒屋のみとなってしまったとの説明があった。通常は門が構えられるが街道際で余地が無いので玄関門になっているとの事。中山道歩きの人や外人客が利用してくれると言っていた矢先にザックを背負った10人余の外人さん団体が到着したので話は終わってしまった。

④開元院
 和尚が本堂前で迎えて下さり、土岐鶴ヶ城主土岐頼元が室町期1439年に創建した古刹の由来を話してくれた。土岐氏の菩提寺は土岐・泉に定林寺が有ったが絶えていたので、頼元が鷹狩りの際に出会った月泉和尚を招いて開いた由。したがって山名は鷹巣山 ようそうざん 寺名は頼元が創建したので自ら開元院 かいげんいん としたそうな。
 大湫で出会ったボランティアさん達はここまで付き合ってもらい感謝。最後に大名の参勤交代は親藩等を除いて中山道と東海道利用を幕府に区分けされていて、両街道の共存を計ったとの話が面白く、また大湫宿は儲ける事ができず「うだつ」が無いと聞いた。

 短時間では有ったが今回も再発見の多いツアーであった。

①大湫観音堂  ②虫籠窓の有る家  ③外人さんグループ到着の大黒屋

 

三角点探しと里山散策

 投稿者:GG-  投稿日:2018年 9月28日(金)10時40分51秒
編集済
   9月は悪天続きと体調不良で山へ行く機会がゼロとなりそうであった。9/24のみは珍しく晴天予報と予定が無かったのでせめて一山との思いで選んだのが高根権現山。標高差僅かなれど地形図に山名があり三角点無しが不満だが山へ登った事にしよう、そして2010/04月のウオーキングと次のチャレンジでも発見出来なかった松野湖畔の点名松野の三角点探しも兼ねて出かけた。

点名 松野 362.6m 4等三角点
 ゆっくりと自宅を出て松野湖畔の駐車場へ着いたが池の水は抜かれて湖底にあるべき大岩が見えていた。堰堤の西まで車で行けたが東に駐車してのんびり歩き始めた。堰堤を渡ってすぐに三角点位置へ向かった前回の記憶だったが踏み跡はヤブになっていた。散歩中のオバチャンに聞いたらヤブの先に蓮華岩への道が有るらしいがヤブは適わんと暫く車道を進んだ。トイレの西で山への道を発見、記憶は消えていたがここだろうと進入したら、草は少し伸びていたが明瞭な道が続いた。稜線手前の小屋で記憶が戻り間近に自然歩道の道標も有った。前回は小屋の床下まで覗いて探したが見つからなかったが、今回は点の記の詳細と地理院地図の拡大版をプリントしていたので路傍に有ると確信して臨んだらアッサリ発見できた。小さなリベンジ成功に満足する。過去2回何故気付かなかったのか不思議であった。4等三角点なのに倒木に古くて判読不能なUUクラブ氏の黄色プレートが括られていた。ついでに蓮華岩へも立ち寄ってみるかと思いつつ進んだが、方向を間違え往路を下っていてオヤオヤであった。駐車地の赤くなったモミジを撮っていたら小さな孫連れの老夫婦に出会い何処へ行って来たかと聞かれ三角点巡りを話題にしばらく話す。彼等は孫の守しながら蓮華岩へ行くらしい。

点名 高松  415.4m  4等三角点
 湖畔の道を走り平岩経由で高根権現山へ向かう。プリントしていた地形図に点名高松が載っていたので立ち寄ったら路傍の草の中にコンクリートで囲まれていた。白杭が有ったのですぐ見つけられたが無かったら時間を要したかも。帰宅後地理院地図を覗いたら県道沿いの途中にもう2ツの4等三角点が有ったのでもう少し調べておけば良かった。

高根権現山 517.4m  三角点なしの為地理院計測による標高
 高根権現山は山頂北を送電線が横切っているので多分巡視路が利用出来ると思っていた。県道366の標高458m付近峠地形路肩に駐車したら、道路東側に25鉄塔への標識が立っていた。歩きやすい道を行くとすぐに25鉄塔、標識に導かれて24鉄塔へ向けて行く。道沿いに「神霊教」と刻まれた杭が続いていた。稜線鞍部地形に24鉄塔への標識、地形図を見れば鉄塔の南が高根権現山なので鞍部から南へ少し進んだ山らしくないのでUターン。右下に真新しい建物が見えていた。巡視路を北へ進むと大きなキノコがニョキニョキ生えていて不気味。大岩の左を登り切ると24鉄塔が有った。そこから小枝を掻き分けて南へ僅かが山頂の気配。三角点がも標識も無い台地地形では真の頂上の判別は出来ない。権現山と名付けられているので祠の残骸でも無いかと探したが何も無い雑木林であった。何処が山頂かと未練たらしく彷徨ってみたがハッキリせず、大岩の頂き辺りが最高点の感じであった。下山時に建物が神社ではと立ち寄ったら田高戸配水池の標識が有り、地形図には此処までの道や建物が載っていた。駐車地へ戻り458m標高点の交差点から権現山を撮った。田高戸(たこうど)と読むらしくゴミ格納庫にローマ字で記してあった。難しくて読めなかったので納得できた。

雨乞山 509.2m  2等三角点
 日吉ゴルフ場の西に雨乞山が有る事を思い出して立ち寄る事にしたが、この場所の地形図を持参しなかったので車のナビで間近まで走った。帰宅後調べたらこの山は続ぎふ百山に入っていたので1994/02に登っていた。ナビに導かれ路肩に駐車したら御嵩コミバスの三本松バス停であった。記憶では墓地を経由して登っていたので、墓参帰りらしい3人連れに雨乞山への道を聞いたら息子夫婦?はご存知無かったが婆さんが墓地から行けるが荒れていると教えてくれた。墓地までは整備された道が続き、背後の草むらから植林の中に道が続いていて稜線に達して僅かな平坦地の植林と雑木の境にポツンと2等三角点が鎮座していた。白杭、保護石、標識も無い山頂で何の感動も無いがプラス一山登ったとの満足感のみ。下山時に記憶の祠跡を探しつつ下ったが見当たらずルートが僅かに違っていたかもしれない。

点名 前沢  359.8m  4等三角点 
 地形図に載っている大きな前沢ダムは訪れた事が無いので以前から一度行ってみたかった。地形図では堰堤近くに三角点が有るのでついでに訪れた。前沢ダムへの分岐に気付かず津橋でUターンしてダムサイトの空き地へ。このダムも水が抜かれていて大きさは実感出来なかった。地形図では三角点は堰堤の南西、踏み跡でも無いかと探ったが工場脇から雑木林になっていた。ヤブの薄そうなルートを赤布を結びながら稜線に達したら明瞭な踏み跡に出会った。西の僅かな高みに白杭を見つけ前を掘ったが見つからず埋没かと断念しかかったら白杭北側に少し離れてポツンと三角点が有った、樹林の中で展望は無い。近くに三角点様の石柱が埋まっていて周囲を少し掘ったら原公の文字が見えた。かつて存在した原子燃料公社の意味か?。ヤブの赤布を回収しつつ駐車地へ戻り帰途についた。雨乞山と前沢で時間を余分に取ったので昼には帰る予定がかなり遅れた。


 

可児再発見ツアー?

 投稿者:GG-  投稿日:2018年 9月15日(土)16時16分57秒
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   可児市広報で「可児市生涯学習コーデイネーターの会」が主催の標題企画の募集があって、昨9/14の行事に参加して来た。不順な天候や体力低下もあり山にも縁遠くなっていたので有り難く思いながら歩いて来たが、5㎞程約3時間の行程でも元気な参加者達に遅れる事再々であった。
 昨日は「広見東部の神社仏閣巡り」がテーマで、可児市文化財課のMさんの解説付きであった。2018年に可児へ来て47年も経過したのに、ヨソ者新住民の域を脱せず色々な真新しい事ばかりで面白かった。
 2020年には明智光秀が主役の大河ドラマが制作されるらしいが、可児に史実としての証拠は残っていないそうでなかなか興味深い話であった。

 

美ヶ原周辺の山 二座

 投稿者:GG-  投稿日:2018年 8月21日(火)22時37分46秒
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   酷暑続きで仲間から何処か涼しい所へと誘いをもらっていたが、今の自分の体力では楽なコースしか行けないと思い、山を探してみた。茶臼山は以前から行きたい山候補に挙げていたがそれは扉峠から、今回は山本小屋からのほぼ平坦ルートをピストンする事にして、地形図で見つけた近くの物見石山も未踏なので目標に加えた。天気予報を調べると台風接近で20日しか候補の日が無いので都合のつくみのハイクの仲間と8/20に出かけて来た。
 長いビーナスラインを走って山本小屋へ到着。駐車場から八ヶ岳連山と頭部を雲に隠した富士山や甲斐駒が見えて幸先良し。舗装のふるさと館Pから山本小屋までは宿泊者の車が通行するので鬱陶しいが、ゲートからは時々王ヶ頭へのバスが通るだけでホコリっぽい事を除けば快適な砂利道となる。高原の北には鹿島槍ヶ岳から北への連山がクッキリ見えたが槍方面は雲が多かった。荒船山は今日も美しく見えた。平坦な牧場の先に茶臼山の樹林が望まれ、路傍の小さなハクサンフウロ等を眺めつつ行く。美しの塔は帰りにゆっくり寄る事にして塩くれ場へ。休憩後道標から柵を抜けて牧場内の踏み跡を行く。マイナーな茶臼山へ行く人はおらず我々だけのんびり進む。中央分水嶺トレイルになっているので時々道標が立っていて地図を開く必要も無い。1957mの台地を下るとやっと樹林帯となり山らしくなって来た。ゆるゆる登った先に東面が180度大展望の茶臼山2006.5mの山頂であった。アキアカネ舞う山頂からの展望をしばらく楽しんでから昼食を摂った。仲間が小さな彩雲を見つけて教えてくれたのでカメラを向けた。八ヶ岳方面の雲が増えて来たが大展望と爽やかな風が心地良い。単独の女性登山者が着かれたのでシャッターをお願いして下山開始。正面に次の目標の平坦な物見石山が見えた。ノロノロ牧場内を歩いていたら先刻の女性が早くも追い抜いて行きアレヨアレヨと遠ざかって行った。美しの塔へ戻ったら大勢の観光客。順番の空くのを待って塔前で写真を撮ってもらい駐車地へ戻った。間近な牛伏山に未練があったらしい仲間もいたが三角点も無くて魅力も無いし時間節約の為予定通り車で物見石山方向へ移動した。道の駅からと思っていたが尾根筋へ延びる路肩に駐車余地が有ったのでそこからスタート。一帯はレンゲツツジの群落看板が有って踏み跡を辿ると笹の刈られた登山道が続いた。コブを二つ越えて行くと石が露出した物見石山1985.2mの山頂へ着いた。山頂丘の北端に山名標識と三角点が鎮座していて遙かに浅間山が望まれた。先刻まで晴れていたのにいつの間にか雲量が増えて先刻辿った美ヶ原や茶臼山の姿は生彩に欠けた光景となっていた。6月に訪れた大笹峰が車山の手前に望めた。下山したら駐車地の近くに筆塚の石碑が有り脇に物見石山登山口の標識が立っていた。
 展望デッキを楽しみに道の駅美ヶ原高原へ向かったが美術館は有るが道の駅の表示が無い。大混雑の駐車場に駐車して展望デッキへ。曇天が惜しまれたが眼前には佐久平が見下ろせ彼方に浅間山塊が雄大であった。晴天ならさぞや爽快な光景だったろう。売店で380円のココアを買って休憩。道の駅の看板が無いがとアンチャンに聞いたら美術館と併用との事であった。

 19.3㎞ビーナスラインを走り和田峠トンネルへ入ったら東から信号無視の多摩ナンバーが来て驚いた。国道142は急な下り道、標高1000m付近の路傍温度計は24℃で流石に信州と思われた。順調に岡谷ICへ入り駒ヶ岳SAで軽食休憩を取って帰路についた。恵那山トンネルを抜けたら1車線工事中が中津川IC間近まで続いて少し渋滞した。

 登山とは言えぬ散策であったが、涼風と大展望、僅かながらも綺麗な花、やはり出かけて良かった。

茶臼山山頂で詠んだ才能ナシの一句を友人の俳句師匠に添削してもらった。
  山頂の 風とたはむる あきあかね


写真 ①美ヶ原から八ヶ岳連峰 富士山もチラリ  ②茶臼山  ③物見石山

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クラブ山行 百々ヶ峰 クリーハイク

 投稿者:GG-  投稿日:2018年 8月13日(月)11時40分6秒
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   岐阜メディアコスモスでみのハイクが印刷等でお世話になっているので、岐阜市で御礼活動をと昨年から山の日に因んで「百々ヶ峰」のクリーンハイクが行われる様になった。
 昨年は都合悪く参加できなかった反省を含めて8/11に参加した。お盆休み間近で会員各位も来客が多いのか、連日の猛暑で低山は敬遠されたのか参加人数が少なかったのが残念。

 今回は集合場所が長良川Pも設定され、それぞれから5コースに分けて清掃しながら山頂へ向かう計画となり、自分は三田洞展望広場を経由して山頂へ向かうC班に配属された。何度も訪れた山なのにこのコースは下っただけで登るのは初めてであった。樹間の谷間の遊歩道は風が通らず蒸し風呂の中を歩く状態で汗が噴き出た。最近誰かが工作したらしい「ゴジラの岩」を横手に見て三田洞展望広場に到着し水分補給休憩。真夏なのに登山者が多く市民の山の実感がする。稜線に達したら少しは風があって助かった。登山道は綺麗に管理されていてゴミは少なく他のコース組が若干有った程度。山頂へ着いたら他コースの会員の先着も有り全員揃うまでしばらく展望台からの光景を楽しんだ。全員揃ってからCコース組と林道休憩舎経由組に分かれて下山した。
 四季の森センター間近の東屋で集合写真撮影後、早めに下山して準備された女性会員による冷たいジュースやソーメンをご馳走になり解散となった。酷暑の低山での活動は今回の様に午前中くらいが体力の限界と思った。

写真 2枚目 百々ヶ峰から金華山と岐阜市街  3枚目 山頂三角点417.9m

 

個人山行 丸山2329.9m

 投稿者:GG-  投稿日:2018年 8月 5日(日)15時10分25秒
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   梅雨明け以降連日猛暑続きで外出も躊躇われ山行の機会が無かった。欲求不満でストレスが貯まっていた時にBSで高見石界隈の山行番組を見た。仲間からの誘いで以前より軽い山を約していたので、2016/08の「ニュウ」山行で登り残した山をと思い立ち急遽近場の仲間に連絡し都合のついたメンバーで出かけた。
 麦草峠の無料駐車場は満杯、麦草ヒュツテは空いていたので駐車許可をもらいに入ったら1500円と言う。高いので一旦は500円の白駒池へ行こうと思ったが仲間が此処で良いと言うので再度駐車許可をもらいに行き、聞いたら下山後1500円まで飲食できる金券を兼ねているらしいので納得できた。下界の猛暑を忘れる爽やかな空気の中で準備を終えてスタート。
 夏の花が咲き乱れる草原の中を少し登るとニホンシカ防御のフェンスが有りゲートを開けて進入。すぐに白駒池分岐標識、帰途に戻る予定の場所でその先から樹林帯となった。標高差60mを登り平坦地が2212m地点で立ち休憩。平坦地を進みいよいよ丸山の登りかかる。丸山の森の看板付近からは針葉樹林の中の苔が美しい。標高差130m程の急坂で体調が悪くなり喘ぎ喘ぎ休み休み登らせてもらったのでヒュッテから山頂まで標準50分のコースに倍以上も要してしまい仲間に大迷惑をかけて我ながら情けなかった。やっと辿り着いた山頂は樹林の中で岩がゴロゴロした台地で展望なし。三角点手前に有った石柱は宮三角点か?。三角点周囲は道標が2本立つが山頂の標識が無いのが不思議であった。山頂を辞して高見石に向かい始めて数分の南に中山が望める台地東端へ着いたら、登って来た登山者が「山頂」と言われたので不思議に思った。登山道脇に「丸山頂上2329m 佐久穂町」の標柱が立っていて、古い三角点標石らしき物があった。地元では展望の有る此処を山頂としている様だが帰宅後計測したら地理院三角点より少し低かった。折角なので写真を撮りあう。高見石へは急な斜面を下り平坦地になると、白駒池への尾根道分岐を過ぎ、すぐに渋の湯への道を右に見て高見石小屋へ着いた。登山客が大勢の人気スポットで、ザックを置いて2016年に途中で断念した高見石へ登った。巨岩ゴロゴロ地帯でくつろげる場所が無い。曇天の下に白駒池や蓼科山の頂部や北横岳が望めた。小屋前の喧噪を避けて往路を少し戻った地点で昼食を摂った。濡れたTシヤツのせいで少し寒く感じたので気温は20℃位だったろうか?。帰宅後登山地図を見たら付近は白駒峠とあった。Kさんが煎れてくれたコーヒーをご馳走になってから白駒池へ向かう。2016年にどちらを採るか迷った道であったがこの尾根道は段差が少なくて歩き易かった。40分程下り白駒池駐車場からの遊歩道が合流する4差路に着いた。先日のテレビに登場した青苔荘へ向かったが山荘は池から少し離れた位置に有った。湖畔のボート乗り場へ下りて白駒池の展望を楽しんだ。南側にニュウ山塊が横たわっているが顕著なピークは見られない。高見石も湖畔からは平凡な山容であった。杭に止まるアキアカネを見てから湖畔周回木道(樹間で展望無し)を辿って白駒荘北の遊歩道に合流し、2年前の夕景を思い出しながら板道を登り4差路へ戻った。白駒の森付近では木漏れ日に苔が映えて美しかった。白駒池駐車場が望める林に「麦草峠1.1㎞」の標識が立ち左折、林を抜けたら「白駒の奥庭」と言う景勝地で岩上に木道が続いていた。庭園風景を過ぎると樹林の中を緩やかに登って行き林を抜けると丸山への登山道分岐に戻った。計画では余力を見て茶臼山もとしていたが自分の体調不良で下山が大幅に遅れ登る体力や時間も無くて断念。国道脇の野草園で短時間だけ小さなシモツケソウなどの花々を楽しみ麦草ヒュッテへ戻った。駐車利用券を返却したら1500円を戻してくれたのでメニューからリンゴジュースを選んで休憩後、国道を走ってメルヘン街道最高地点2127mの標識まで案内してUターンした。(ヒュッテ付近は地形図標高2120m)
 疲労も有り時間も遅れたので横谷峡滝巡りは入口付近だけにする事にし、乙女滝下り口の路肩に駐車して滝まで数分下った。滝を楽しんで駐車地へ戻り、石遊(いしやす)の湯の電話番号をナビに入れて向かった。小さな看板を右折して国道を外れた田圃の中を走り温泉到着。ネットで500円となっていたが520円に値上がり、男女別棟の素朴な湯で、風呂は手造り感が漂う半露天と露天風呂のみで内湯は無かった。風呂を出てからせせらぎの音に癒されで休息後諏訪ICへ向かう。途中の「そばのさと」で新蕎麦を頂き、渋滞も無く順調に諏訪ICへ入り阿智PAまでノンストップ。可児帰着は計画書より1時間遅れた。
 日頃の不摂生が祟り丸山まで余裕含みで1時間10分を予定していのに大幅に遅れたが、大事に至らず丸山の休憩で体調も戻った。のんびりと以降は歩かせてもらったので体調悪化も無くて助かった。下界では当日、名古屋40.3℃(観測史上初めて)多治見39.9℃の猛暑だった様で、爽やかな高原の涼風の中で1日過ごせたのは幸であった。

登り残した茶臼山は秋に再挑戦してみたい。

写真 ①丸山三角点  ②高見石から白駒池  ③白駒の森で見た苔

 

おれんじの会

 投稿者:GG-  投稿日:2018年 7月20日(金)18時13分8秒
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   7/18の猛暑の中、みのハイクのおれんじの会歴史散策で馬籠宿と妻籠宿をボランティアガイド付きで散策して来た。
 余りの暑さで予定していた馬籠から女滝・男滝までの歩行は取りやめてバス移動になった。滝の涼風の中で昼食を終え妻籠まで3キロほどは歩いたが、行き交うハイカーはほとんど外人さんばかりで驚いた。外国人観光客が増えたと情報を実感した。
 妻籠のガイドさんによればピーク時の観光客は年間100万人あったが、現在は40万人、そのうち10万人が外国人だそうな。

写真 ①藤村記念館  ②男滝  ③妻籠にて

 

個人山行 天王山 537.6m

 投稿者:GG-  投稿日:2018年 7月 2日(月)17時16分42秒
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   <誕生山の登山道整備を行っておられる村井さんから天王山~鉄塔(縦走路途中の)までの登山道整備を依頼されたので、ご賛同いただける方を募集したいと思います。>としてみのハイク仲間のSさんからの公開自主山行の案内が事務局経由メールで届いたので、微力ながら協力をとの趣旨から昨日7/1に参加させてもらった。下山ルートが誕生山への中間鉄塔から白山神社へ下るルートが設定されていて未体験ルートなので関心も有った。
 天王山へ登るのも久々で何度も下山に使った事の有る大矢田神社西尾根を登るのは今回が初めてであった。体力のない自分は計画書時間では仲間に迷惑をかけそうなので、出発を早めて山頂で待つとの了解をもらい単独でスタートした。
 最初から石段登りはシンドイので慣らし歩行のつもりで苔むした坂道から登り神社参拝。神社横の尾根から取り付いた。ここ190mから山頂まで標高差約350m登ってみたらなかなか手強い。ジグザグに尾根を登るが梅雨時の湿気と無風状態で汗が噴き出した。時々下山者あり、尾根の上部でやっと風があった。汗拭きで立ち止まる位でゆっくり歩きノンストップで山頂に到達した。途中で追い抜いた地元のオッサングループが山頂占拠。到着記録の三角点撮影だけさせてもらった。全体に靄った光景が拡がっていて写真を撮る気も湧かない。薄日も射して暑くなったので木陰でビールケースの椅子を借りラジオを聞いたりして仲間達の到着を待った。仲間達もこの暑さで歩調が揃わなかった様でバラバラと到着された。
 人数の揃った所で作業箇所へ向けてスタート。久々の道は新しい道標が目に付いた。大矢田神社分岐の先一帯は事前の検索で戦国期の天王山城跡と知ったので興味を持ちながら歩いた。手持ちの美濃市管内図では標高537.8m。案内板も無かったがピークを巻いた登山道にもなっている溝が堀切とWEBで紹介されていたので再認識した。御手洗分岐が城の東端らしい。
 分岐直下の展望岩場でこれから目指す鉄塔を望んだ。路肩の立木小枝や下生えを刈りながら進んだが稜線は日陰が続き風が吹き抜けて心地良かった。やっとの思いで170鉄塔430mピークに到着。今日の作業は此処までとのCLの言葉で鉈をしまって大休止。仲間から菓子やアイスコーヒーを馳走になりひと息入れた。風が心地良く日射しも気にならなかった。
 休憩を終えて鉄塔南西の巻道へ下り始めると左尾根へ向かって誕生山へのルートが分かれ、白山神社下山ルートは巻道が続き地形図の450mピークから真南の白山神社への尾根を下ると予想していたら南西への尾根を下っていた。巡視路になっている樹間の道は落ち葉が多く脚に優しい。上部は風があったが標高が下がると風が無くなり暑くなった。220m標高の171鉄塔まで30分弱、先着組が待っていて水分補給休憩後尾根の東山腹を下り平坦地の林道へ出たらどっと暑さを感じた。大矢田グランド北の白山神社は尾根末端からの長い石段の上に鎮座していて下から遙拝。脇にデポ車が3台手配されていたので分乗して大矢田神社へ戻り、CL挨拶をもらって解散。その後希望者はみの観光ホテルでランチと言うのでお供した。

 白山神社のルートは関心が高かったので帰宅後色々検索してみた。このルートは天王山・誕生山縦走ルートの中間に到達するので利用しにくいのかヒット数は少ないがマニアは登っていた。WEB記録によれば縦走ルートの途中に近年「白山463m」の標識が有る様だが、地形図は450m標高なのでおかしい。(白山神社からの尾根北端ピークなので白山と言う様で、山麓や誕生山に設置されたルート案内図にも白山463mと記されていた。)美濃市管内図で確認したら455.8mと記載されていた。
 神洞からのルートは沢山あるらしく未経験ゾーンなので涼しくなったら体験してみたい。

写真 ①天王山山頂  ②天王山城跡堀切  ③170鉄塔から下山方向

 

南信の三角点巡り 3座

 投稿者:GG-  投稿日:2018年 6月27日(水)18時37分49秒
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   2016/7に八嶽山へ登った後日に入手した「信州の山221山」で昔高森の山名を知った。ブナの峰牧場の名前も同じ頃地形図で知った。2017年にとうじあげ山等を巡った時は時間切れでブナの峰は諦めたので懸案として残っていた。
 6/25は梅雨の中休み晴天予報で35℃近くなるとの予報で家にいても辛かろうと短時間の三角点巡りを思い立ちみのハイクのFさんと出かけて来た。

茶臼山  1415.8m  2等三角点
 TVの山番組を見ていて久々にブナが見たくなった。近場では天狗棚を思いついたが他の山へのついでと長野県側からの茶臼山ルートを経験したいと思った。茶臼山周遊道路の北側に直接茶臼山へ登るルートが地形図に記載されている。走っていたら路肩に1台駐車していて近くに登山口が有りそうだった。そこを通過して少し下り茶臼山の東へ回った展望の大駐車場に駐車。ここは以前ドライブで通った事があったが夏空で南アルプスの展望は得られなかった。外気は涼しく風は爽やかでやはり信州の高地と実感させてくれた。準備を終えて舗装道路脇を200m程緩やかに登ると道路脇に頂上まで400mの標識が立ちここから入山。山頂まで標高差120m程の東側登山ルートであった、樹間のジグザグ道は整備された遊歩道で歩き易い。巨岩や大木も見られて心地良いがブナらしき木は数少なく残念。根羽村のパワースポット看板の立つ雷岩は以前見た岩と違うが見事であった。そのすぐ上に見慣れた雷岩標識の岩が有り2ヶ有る事になる。上は豊根村の雷岩か?。1410m地点の鉄製展望台はWEBを見たら老朽化で立入禁止となっていたが既に撤去されていた。出会った地元のオッサンと話したら再三根羽村に復元を電話しても予算が無いとの返答のみらしい。2010/11に登った時の南アルプス展望を思い出し周囲の木々の伐採くらいしても良いのにと話した。此処からは緩やかな道で三角点に着いた。デッキに上がったが萩太郎山は間近だが遠望はボンヤリ。三角点で夫婦登山者に写真を撮ってもらって下山した。駐車場へ戻り地形図とコンパスで次の目標点名妙字のピークを探したが、同程度標高の山波が続き顕著なピークでも無いのであれかな?と推定する位しか出来なかった。

点名 妙字    1198.9m  3等三角点
 ブナの峰牧場は地形図に載っているが三角点峰は無名である。点名妙字を検索したらお馴染みのFさんともう1例にヒットするだけの不遇の山である。両氏は新野峠の有る東や南から登っておられた。地形図では山頂間近まで道路が記されているので、以前売木村へ電話照会したら牧場までの村道10号線は通行可能と聞いていた。三角点光景に関心有るものの何よりブナの峰の名前に魅せられどんな光景かの期待が大きかった。地形図で牧場範囲は判からないがグーグル地図では緑色表示されていて規模の大きさが判る。
 茶臼山から県道46号を下り長島峠経由のショートカット道を見過ごし村中心部を迂回してしまった。県道447を南下ナビにセットした道仙沢の道沿いで農作業中の夫婦に牧場への道を聞いたが浜松の住人だそうで情報得られず。案内板は無いが方向的にこちらと右折して舗装道路を登る。民家は数軒有ったが人影無くて聞けずそのまま走ったらナビに村道10号は表示されなかったがブナの峰牧場が出てきた。辿り着いた終点に作業小屋が有り脇に駐車。「放牧中につき立入禁止 売木村」の看板が立っていた。荷物は軽くしたいので此処で昼食を済ませようと準備をしていたら軽トラが来た。牧場関係者と思われたので車から降りたネエチャン二人に入場許可を頼んだら「防疫上立入禁止」と冷たい返事。話していたら牛を少し放牧中、近々山羊を放牧予定で飼料等を持って来たとかで本格的なシーズン前らしい。山頂まで徒歩10分位なのでなんとか許可をと懇願したら、フエンスの出入口が判らないので彼女達が山頂へ案内してくれる事になり感謝。昼食は後回しにして小屋脇のフェンスから入ると牧場の一画で草が繁っていた。長靴の若い二人について行くのもシンドイ。斜面を登ってフェンス沿いに進むと又ゲート。ここから樹間の道は涼しく彼女達もお気に入りだとか。地形図の実線の道と思ったが次のゲートを抜けると広い牧草地が拡がり道は消えていた。売木村が見下ろせ彼方に見えるのが温泉と言う、帰りに立ち寄る予定と返答したら彼女達が山羊のミルクを納めていると説明してくれた。山頂の認識が無いのか牧草地を進んだ枯木のビークに先行した仲間達がいた。起点から時間が経ちすぎているので山頂はもっと手前と思われWEB図や点の記のプリントを渡したが地形図の理解も無く説明に困った。WEBレポ図記載の「北の光景が見える」の意味を聞かれたので茶臼山の事だろうと言ったら(実際は西方向)該当範囲を漸く理解してくれたが山頂も三角点にも認識は無かった。しかし作業小屋からはフエンスに遮られて行けないと言う。戻り道でこれは断念かと思ったらゲート間の樹間道の南に山頂らしき光景が望めた。その区間のみ錆びた古い鉄線フエンスが残り高さも僅かで跨げる場所が有った。「フェンス扉は締めて行くから確認させて」と頼み鉄線を跨いだら村境尾根らしく樹間に測量杭が続き僅かな距離で三角点に到達できた。大声で間近な距離を歩いていた彼女達へ到着とお礼を伝えた。樹木に遮られ周囲の展望無く、点の記に記されたブナは帰宅後写真で確認したが大木では無かった。三角点確認の喜びは湧いたが広大なブナ林を期待していたので拍子抜けであった。早々に退散し二つのゲートを締めて駐車地へ戻った時には軽トラは消えていた。牧場が立入禁止となっている事は予想していなかったし、フェンスで遮られては出入口も判らず途方に暮れたかもしれず彼女達の好意は有り難かった。一人は4年前に福井からこちらへ来たばかりとか、山名は無いかと聞いたがご存知無かった。ブナノミネと思い込んでいたがブナノネと地元では呼称しているそうだ。遙か北方にブナの嶺GCが有るので売木村南部の山々の総称かも思われた。
 三角点到達を喜びながら小屋脇の日陰で遅れた昼食を終えてひまわりの湯へ向かった。

昔高森 971.9m  3等三角点
 標高も低く登る価値も無さそうな山であったが名前が面白く、ついでに温泉と言う山であった。こまどりの湯の駐車場は平日なので閑散。舗装道路を少し登りグラウンドゴルフ施設の右へ行くと尾根方向にゲートが有りガイドブックで見た「展望台へ10分」の標識が草に埋もれそうに有った。ゲートの先は赤松の多い尾根道で一輪だけ路傍にササユリが咲いていた。地形図の破線路はヤセ尾根も有り、950m標高で左折して僅かな場所が山頂。ガイドに10分では行けませんと記してあったがノンビリで20分を要した。老朽化で立入禁止のテープが巻かれた鉄製展望台基礎の脇にひっそりと三角点があった。周辺は樹林に覆われて展望無し。南に東屋とベンチが有ったがここも樹木の成長で展望無く今や見捨てられた存在。危険な展望台へわざわざ上がる事も無いのでコンクリート基礎に腰を下ろして小憩。三角点で交互に写真を撮って下山開始、ゲートを抜けた斜面でブナの峰牧場が正面に望めた。牧場は駐車地からも望め、こまどりの湯へ立ち寄り男性職員に牧場の山名は無いかと聞いたが、単に牧場と言うのみらしい。住宅地図まで持って来てもらったが山名は載っていなかった。久々に温泉に浸かりロビーでの休憩時に牧場のネエチャンが言っていた山羊のミルク(小瓶150ml 200円)を飲んだがサッパリとした味であった。

 帰路は平谷へ抜け上矢作経由の馴れた道を辿った。超軽い単なるピークハントであったが酷暑の我が家で茹だっているいるより、懸案解消も含め出かけた意義は有った。

 帰宅後売木村HPを見たら長野県で2番目に人口の少ない村(600人)で、村の木はぶな、村の花はササユリ、村の鳥はこまどりと載っていた。

7/3追記
後日メールで売木村役場に問い合わせて回答を頂いた事

◎昔高森の山名由来は → 弊役場内でも存じているものが居りませんでした。
◎点名妙字には山名は無いのか → 「ブナの峰」は弊村南部の山地を指すものです。具体的に、どの地点か                 というものを指すものは、御座いません。(やはり無名峰であった。)



写真 ①茶臼山 ②点名妙字 ③昔高森

 

里山散策 弥勒山・池田富士

 投稿者:GG-  投稿日:2018年 6月18日(月)18時34分57秒
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   6/17は労山県連統一部会が多治見の地球村で開催され、恒例の午前の講演会参加動員にみのハイクの理事さんから誘われて出かけた。午前中で終わるので折角だからと近くの弥勒山・池田富士の散策を計画し、講演終了後地球村のテラスで仲間達と共に昼食を摂ってから理事会には縁の無い仲間とスタート。

弥勒山  436.6m 2等三角点
 駐車地への道を手前で迷いなんとか到着。Pに1台、路肩木陰に1台駐車していて自分も木陰に駐車してスタート。標識から植林帯への道の草が伸びていた。林間の登りは体調を考えゆっくり登らせてもらい鞍部の上で立ち休憩し息を整えた。このルートを登るのも2014/06にみのハイク双葉30山の調査以来もう4年も経過していた。自然林の緩やかな尾根道は展望は無いが心が癒される。何故か注連縄の張られた弥勒様の祠の背後が三角点となり数名の登山者が今日もいた。天気は曇天で遠望は効かず。標高差60mの池田富士がかなり低く見える。風の抜ける春日井側の東屋で休憩していたらKさんがコーヒーを入れて下さった。毎度の好意に感謝だが重いテルモスの持ち上げは訓練と言われたが申し訳ない事だ。山頂のオッサンに写真を撮ってもらい帰路はコースを変えてみようと北へ下った。4年前に有った廿原への標識が見当たらず420mピークまで進んでしまいUターンし10分弱のロスタイムかも。山頂へ戻るは癪に障るので地形図を眺め記憶の鞍部を探ったら横木で通行止めにしてある先に微かな踏み跡発見。少し下ったら明瞭な道となった。時々草が覆い廃道気配だが通る人はまだ有りそうであった。植林の尾根道で標識発見し感ピュータが合っていた事を喜ぶ。小さな池の先から薄い踏み跡を右へ下ったら猪檻のある道に出た。そこから僅かな距離が駐車地であった。

池田富士 370.0m 三角点なし 標高点
 この山はPC記録を探したら2010/02/13に単独で訪れていたが記憶は薄れていた。最近5/5美濃一人さんが登られたレポを拝見し変貌ぶりや多治見労山の山名標識確認の為目的のひとつに加えた。
 内津峠への道を戻り峠手前を右折し地図を見ながら走ったが池田富士への進入路を見過ごし左へ分岐する地道林道へ進入。伐採された植林地の荒れた道をしばらく進んでから誤りに気付き狭い場所で方向転換をした。市道へ戻ってすぐ右手に「池田富士」の矢印標識を見つけて路肩に駐車。(廿原から走ると標識が見えない。)林道富士線の大きな看板前はチェーンゲートとなっていて予定外に此処からの歩行を強いられた。舗装林道の急坂を行くと左右は伐採され周囲にネットが張られていたが植えられた木が見えず不思議。291m峰西に再度チェーンゲートが有り8年前は此処に駐車した事を帰宅後記録を見て知った。峠を越えると平坦な道となったが地形図の北へ下る破線路は見つからず。参道入口の鳥居から上部へ真新しい林道が出来ていた。鳥居横の「左廿原 右いせ」の標識は8年前はこの道が旧道かもと思ったが美濃一人さんの5月のレポで下街道から移設されたものと知った。前回は尾根道を登った記憶で鳥居を潜ったら石段がすぐに林道へ戻ってしまい、その先が判らず迷うよりは林道歩きとした。山肌を痛々しく傷つけた林道は何度もカーブして高度を上げた。息を弾ませてやっと山頂部に達したら林道すぐ北に祠が見えた。左のコンクリートブロック内の行者像は昔と同様に頭部が欠けていた。祠は記憶と違う様な思いがしたが中には白山大権現のお札が見えた。展望皆無だったのに東方向が間伐されて多治見市街が見下ろせる様になったのは林道開設時からだろうか?。そこに多治見労山(ろうざんと主張しておられるが)50周年記念で作られたご自慢の陶板の立派な「池田富士山頂」標識が立っていた。陶製は多治見らしくて微笑ましい。標識が割れていたの焼成時のものかもしれない。ただ折角の山頂標識なのに祠背後の最高点に立ててないのが惜しまれた。山頂南に接する林道は西へ下っているので少し進んで弥勒山が見えた地点でUターン。下山も林道かと思ったら林道脇に参道を発見してこれを下った。尾根頂部ではなく道は南側斜面に続いたが苔山の主張なのか続くビニール紐が鬱陶しかった。樹間の道は脚にも優しくルンルン気分で下り鳥居手前で林道と接していて登りには気付かなかった。鳥居横の労山の登山口標識に参道案内図も記してくれれば良かったのにと文句が出た。矢印かピッケルか判断に悩む絵は林道を登れと誤解する。(標識を当てにする様では情けないが)
 登る時に荒れた林道のせいでこの山の魅力は全く無くなったと思ったが。まだ参道が残っていたのが救いであった。
 翌日から梅雨空が戻る予報の中、短時間ながら久々の山へ登れたのは有意義であった。

 

レンゲツツジの山 大笹峰

 投稿者:GG-  投稿日:2018年 6月16日(土)16時41分56秒
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   数年前ネットでレンゲツツジの美しい大笹峰の情報を得てみのハイクの仲間と話題にしていたが、昨シーズンは自分の体調不良で断念。今年こそはとの思いで6/14に出かけて来た。

 恵那峡、諏訪湖で休憩し諏訪ICを出たら八ヶ岳が美しく見えた。白樺湖観光センターで最終休憩、白樺湖の上に蓼科山が見えた。大門峠1441mを過ぎると長和町へ下って行く。事前に地図で調べていた道はチェーンゲートで進入出来ず、Sさんのナビはもっと下からを示していたのでエコーバレースキー場標識を左折し別荘地脇から舗装道を登った。駐車場看板広場で登山靴に履き替えてから、出会った人に聞いたらここからも行けるが上の駐車場からハイキングコースとなっていると聞き改めて走ったらWEB情報通りの広い駐車場へ着いた。
 WEBで見たハイキングコース案内板を撮りスタート、広い林道のゲート脇にハイキングコース標識が有った。4分歩くと斜面下にクリンソウが咲いていた。カラマツ樹林の林道は緩やかだが体調を考えてユックリ歩く。1620m標高辺りはカラマツの植林地が拡がり獣害防止ネットで囲われているが展望が開けて来た。峠間近のネット内に鹿が1頭迷い込み脱出しようとネットに度々ぶつかっている光景が撮れた。レンゲツツジが見えだしてやっとの思いで着いた西林道分岐とされる峠は1633m標高、東側に大きな自然石の積み上がったケルン?状の物は何だろう?。ここからついでにと点名姫木に向かう。明瞭な踏み跡ではないが造林地ネット脇のカラマツ林の中を進むと最高点1643mを過ぎた先に頭部を赤ペンキで塗られた姫木1640.8m三角点が草に埋もれた様に鎮座していた。三角点脇の看板の文字は剥げて読めなかったが山名表示が有ったかも。樹林に囲まれ展望無く早々にUターン。帰路は台地北側の広い作業道へ出て峠へ戻り小憩。
 大笹峰への道はレンゲツツジの咲く緩やかな道から始まり樹林を抜けた1700m標高付近から一挙に展望が開け浅間山連山が望め周囲のレンゲツツジ群落に歓声。1786m標高の姫木平への標識付近は男女倉ピークと呼ばれる所らしく左折しほぼ平坦な稜線を行くと北側にブランシュタカヤマスキー場のリフトが上がって来ていて南側の草原台地の中に埋もれる様な状態の大笹峰三角点1807.7mが有った。山名標識無し、白杭無し、保護石無しの不遇さはスキー場の邪魔になるのか?。南面・東面は遮るもの無く八ヶ岳連山や最終目的の殿城山が眺められ、北には遙か北アルプス連山、槍ヶ岳も望めた。しばし展望を楽しんでから八ヶ岳を眺めながらのランチタイムとなった。食後三角点北のレンゲツツジを前に記念写真を撮ってからスタート。赤い屋根の山頂休憩所はスキー客向けと思われた。登山路脇の「中央分水嶺トレイル」標識には大笹山と記されていたので山名が二つ有るらしい。此処から八島分岐までは圧巻のレンゲツツジ光景が続いた。八島分岐標識から南は2010/7にNさん達と辿った道であった。北の耳1829mを通過、広大な霧ヶ峰高原の展望に感動しながら南の耳を目指す。登山路脇のレンゲツツジは少ないが蝶々深山や車山の山腹は赤い色彩に彩られていた。南の耳1838mへの斜面を喘ぎつつ登り標識周辺で休憩中の仲間に追いついた。小憩を取って下り始めたが健脚の仲間について行けない。1800m付近でまたひと息入れて殿城山分岐へ(標識は姫木平へ)。そこは2014/7にSさん達と車山三角点を訪れた時に突然の豪雨に遭ってUターンした場所。殿城山への下り道はダケカンバ林とレンゲツツジが絵になる光景であった。山頂手前だけは樹林帯になり分岐標識から5分の急登で標識の有る殿城山1800m山頂だったが三角点無しが淋しい。展望も僅かで魅力無しの山頂。奥へ続く踏み跡はすぐに消えていたそうで通行不能表示の通りスキー場への直接下山は困難となっていた。仲間の差し入れで疲れを癒し、休憩も僅かで下山開始。石の多い急坂がしばらく続きレンゲツツジの見納めと思った地点の先はカラマツ林、過ぎるとカラマツ造林の明るい谷となったが石混じりの道は歩きにくく先行した仲間の姿はとっくに消えていた。コースタイムでは殿城山から林道まで35分とされているが自分は50分余も要した。やっとの思いで林道に出合い最後の登りと思いながら緩やかな道を登って行ったらチエーンゲートが有り、そこまでSさんが車で迎えに来てもらえて僅かな距離ながら疲れた自分には感謝感激であった。駐車場へは先着の仲間達に10分余遅れて着いた。
 計画より下山が1時間以上遅れてしまったので予定の温泉は止めて駐車場で精算を終えて現地解散として帰途についた。前夜睡眠不足だったので帰路の運転は安全の為にスキー場駐車場から阿智PAまでIさんにお願いしたが、自分も不思議な事に眠くはならなかった。阿智PAで顔を洗いポカリスェットを飲みながら美濃加茂までは自分で運転できた。
 軽い山の積もりであったが今の体力では仲間のペースには付いて行けず、迷惑もかけたが良い時期に良い山へ誘ってもらえたとの感想が救いであった。梅雨の最中とは思えぬ好天にも恵まれ、富士山は見えなかったが数年来の花と展望の懸案がひとつ消す事ができたのも嬉しい事だった


写真 ②大笹峰付近から蓼科山  ③南の耳から車山

 

クラブ山行 瓢ヶ岳 1162.6m 

 投稿者:GG-  投稿日:2018年 6月 4日(月)20時24分14秒
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   みのハイク恒例の瓢ヶ岳登山道整備・クリーンハイクが6/3に行われたので参加した。体力も無くなりマイペース登山が難しいので躊躇していたがボランテイアの趣旨から申し込んだ。

 関市役所へ着いたらいつもの通り定刻前なのに大勢の仲間が清掃活動を始めていた。舗道脇まで例年以上に丁寧な除草も行われていた。清掃は予定時間前に終了となりリーダー挨拶や指示をもらって10台の車に分乗してスタート。美濃市の「道の駅」で休憩後中美濃林道へ。時間が早いせいかボルタリングの車は未だ少なく駐車場を通り過ぎて中美濃登山口へ着く。草刈り機が下ろされ登山準備、ふくべの森Pへ車両を回してもらっている間にKさんの指導でストレッチを済ませた。デポ車一行が戻られ登り始めたら早々にエンジン音が響き草刈りが始まった。自分とKさんは先行しナタやノコギリで枝払い、草刈り機の後に仲間が続いたが作業箇所が多すぎて進行が捗らなかった。宮奥登山道合流手前で業を煮やしたSさんが「後続の仕事が無いので先に山頂へ」と提案に来られ作業を中断し山頂へ向かう事になった。草刈り機部隊は先行して山頂へ向かわれ、シロヤシオの残りは無いかと探しながら進んだが時期は既に遅かった。我々が山頂へ到着したら周辺の刈り込みは終わっていた。後続がなかなか到着せず待っていたら、作業中断の指示が行き届かずかなりの人数が手作業をしつつ登って来られたらしい。初登頂の人も有った様で撮影をと言われ三脚を立てて集合写真を撮った。
 小憩後A班は山頂から昼食に間に合う時間まで中美濃登山道へ戻りながら刈り込みを行い、B班は南岳への刈り込みを例年通り行う様に指示が出された。B班の自分は骨ヶ平への道左右の笹を鉈で刈りながら進んだが写真担当係で有る事を思い出し慌てて先行した草刈り機部隊を追った。途中でふくべの森ルートから山頂へ向かうマーカー作業組に出会い、骨ヶ平の少し南で草刈り作業部隊に追いついて作業風景が撮れた。展望台までの作業が終わった地点で草刈り機の燃料切れ、誰が燃料を持っているか定かで無くて元気な伝令が走られたが確かな情報が無かった様だ。待機中に南岳未踏の仲間数名が向かわれ、彼等の帰着を待って骨ヶ平へ下る事になった。骨ヶ平へ着いたがA班は未だ到着しておらず、周辺の笹を手作業で刈っているうちに全員が揃った。昼食前に此処でも集合写真をとの要請で撮る。やっと腰を下ろしてのランチタイムとなった。爽やかな風を浴び見上げれば今年も鮮やかな緑が覆っていて、ドウダンの花が鮮やかであった。
 下山の植林の中の道は毎度の事ながら歩きにくい。沢を渡る岩場の道も難渋し膝に堪えた。分離道から沢道へ一部が分かれ大部隊は直進して草刈りを再開しながら下った。
 やっとふくべの森駐車場へ帰着。先行された接待係の手で今年も飲み物が準備され「ご苦労さん会」となり、冷えたスイカまでご馳走にあずかり疲れを癒した。
 休憩後リーダーの挨拶を頂き解散。クリーハイクも兼ねたが山中のゴミは僅かで登山口周辺のみであった。中美濃ルートの伐採は何処まで出来ただろうか?。
 今年も活躍願った草刈り機・機動部隊の皆さんのご苦労には感謝しかない。諸役を担当された方々やボランテイァの趣旨に賛同、参加された多くの仲間にも敬意を表したい。

写真 ①瓢ヶ岳山頂  ②骨ヶ平にて  ③下山路の作業

 

緑陰散策2座 瓢ヶ岳・誕生山

 投稿者:GG-  投稿日:2018年 5月21日(月)17時00分52秒
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   過日自治会ボランティア仲間のSさんから竜ヶ岳のシロヤシオが当たり年で見事だったと聞いた。昨年は簗谷山で開花し始めに時に出会えた。今年は時期遅れかもと思いつつも近場の瓢ヶ岳に期待する事にし、暑さや天気の模様眺めで数日経過後5/20日曜日に急遽出かけた。

瓢ヶ岳 1162.6m
 県道81を右折して片知へ入る所に「瓢ヶ岳登山口10㎞」の標識に気付き、何度も訪れていたがそれ程の距離とは知らなかった。広場駐車場近辺はボルタリング目当ての車が沢山。T差路に工事通行止の看板が有ったが行ける所までの積もりで走ったら中美濃登山口までは障害無しだった。ここにも工事看板が立てられていてこの先に現場があるらしい。車は自分のみで準備を終えてスタート。登山道入口から路肩の小枝や笹が道を覆う荒れようで、6/3予定のみのハイクの登山道整備が思いやられた。シロヤシオの花びらが道に散っていて上を見上げたが梢に花は残っておらず、数日前の荒れた天気で散った様で、時期遅れを惜しみつつ行く。1150m峰で稜線に達しその先の下り道左のシロヤシオ大木に期待していたが、ここも僅かに花が残っているだけで今日の目的はこれだけかとガッカリ。奥瓢の手前で体調が悪くなりノロノロ登り「据石」で休憩したら治まった。北側から一部が帯状の雲に隠された白山連峰や北アルプスの一画が美しく見えた。白一色も美しいが斑な雪解けの山の光景も素晴らしい。骨ヶ平からの登山道を合わせる辺りは例年シロヤシオのトンネルなのに散った花びらを見るのみで山頂に到達。誰もいない山頂で展望を楽しみつつ休憩。御嶽山はハッキリしなかったが北アの槍・穂高がボンヤリ望めたのはラッキーであった。
 下山開始して骨ヶ平分岐を過ぎた左手に満開のシロヤシオが1本残っていてヤレ嬉しや。少しではあったが花に出会え今回の目的達成を喜んだ。その少し下にももう1本満開の木が残っていた。木によって咲く時期が違うのも不思議。「据石」で休憩中の中年夫婦に挨拶、1150m峰で中年のオッサンに出会いこの日は2組に出会ったのみ。駐車地へ戻ったが自分以外の車はおらずあの2組は何処から歩いたのかと思った。
 食事場所を探しながら車を走らせたらT差路に名古屋ナンバーが1台駐車していた。2組のどちらかが通行止看板でここから歩いた様だ。そうするともう1組はふくべの森広場Pからか、ごくろうさんである。
 ふくべの森広場P南端の東屋で昼食。東屋前山腹の鮮やかな緑が日に映え目に滲みる程美しく、この季節ならではの感動をくれた。美しいタニウツギを撮って片知山登山口を探しながら(明瞭だった登山口不明)誕生山へ向かった。

誕生山 501.5m
 美濃市在住のみのハイク仲間から誕生山が変貌したと再々聞いてはいたが、わざわざ訪れる程でもと思い機会を逃していたのでついでに訪れた。久々なのでナビに頼ってJAライスセンターに到着。先着駐車9台も有りビックリ。知らなかった新しい登山ルート東洞は下山時にと旧来の尾根ルートへ向かう。記憶も微かでこんな厳しい道だったかと急坂を登る。記憶の見晴ルート看板も錆びて不鮮明で道も消えていた。微かな踏み跡を辿って尾根芯に立ったがシダが繁り廃道となっていて登山道と合流する場所は丸太で遮られていた。時たま吹く涼風や途中のベンチからの展望を楽しんで中電手摺の急坂へ達した所でみのハイクのSさんに出会いオヤオヤ奇遇と驚いた。天王山からの周回を終えて自宅まで徒歩でと、美濃市の人には身近な山である。手摺り急坂を終えても山頂は未だ先、東洞ルート分岐案内を過ぎた所に「岩割りノ松」、まったく記憶に無かった。再度の手摺り急坂はいつも落葉時期に通っていた様で今日は緑陰の中で記憶イメージと大違い。やっと辿り着いた三角点の北側斜面一部が切り開かれ、能郷白山が望める様になっていて両白山地山座同定板が設けられていた。反射板周囲は驚くべき変貌で、神洞ルートの標識、張り出されたテラスは2017年、2018年と記されていて近年の設置らしい。テーブルやベンチが設けられていて、そこからの大展望は天王山級以上かも。休憩後親子連れ(5歳男子)に挨拶して下山。510m標高付近から分岐の東洞ルートは樹林帯の細いジグザグ急坂、310m付近で植林帯になるとすぐに大岩に注連縄の張られた「おみたらし」の水場で、岩の隙間からかなりの水が湧き出ていた。誕生神社登拝の道六合目、参拝者の手水所、修行者の禊所との解説板が有り古道であったらしい。湧き水で喉を潤してから下山を続ける。傾斜は次第に緩くなったが単調な道は長くコアジサイの花々が僅かな慰めだった。やっとの思いで駐車地へ戻ったら車は3台のみになっていた。

写真 ①瓢ヶ岳山頂から北アルプス  ②お目当てのシロヤシオ  ③誕生山山頂テラスから美濃市街

 

神坂山の「岩田石」

 投稿者:GG-  投稿日:2018年 5月16日(水)21時28分30秒
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   4/29の山開き行事の時に冨士台を終えて神坂山へも立ち寄ったが、山頂三角点脇の岩に「岩田石」と刻まれた由来が知りたくなった。
 帰宅後WEB検索したら <「昭和5年 岩田石」と書かれた大きな石がありました。岩田石は山の権利訴訟の和解の時に彫った境界目印だとか。>等の記述が少しあったが詳細不明であったので、阿智村へ照会メールを送っておいた。

本日夜阿智村の担当者からわざわざ拙宅へ電話で回答を頂き恐縮した。
それによれば、明治期に横川村、駒場村で境界争いがあって裁定した裁判官が岩田と言う人であったらしい。刻まれたのはWEB通り昭和になっての事であるが、詳細は「阿智村村史 下巻」に載っているとか。阿智村の山へ行く機会をとらえ公民館へ立ち寄って調べてみたくなった。

神坂山の岩田石とトリミング写真

 

登り残した山へ

 投稿者:GG-  投稿日:2018年 5月13日(日)22時04分23秒
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   5/13はみのハイクのクラブ山行の東洞岳が予定され参加予定としていたが自治会行事でキャンセル。翌週の天気も不安定なので5/12に思い立って登り残した山2座を単独で目指した。

浅間山 せんげやま 550.7m 3等三角点
 4月に苗木花の森からの山座同定で美濃一人さんに教えてもらった山。5/4の高峰山を終えた後に登りたいと予定していたが時間切れで断念して気がかりになっていた山である。高速を中津川で下り過日通過したばかりの城山大橋を越えナビに導かれ登山口手前の路肩に駐車。WEB情報通り道がクランクしている場所手前北の立木にテープ、微かな踏み跡、822電柱と不法投棄監視中看板が目印となっていた。微かな踏み跡を辿ると小さな沢を渡りハルリンドウの群落、その先には大岩とベニドウダンが迎えてくれた。地形図の破線路の通り右に沢を眺めて進むとやがて巨岩累々とした不思議な光景となった。岩マークの続く道は判然としないが時々ビニール紐が括られて進路を示してくれた。振り向けば笠置山、岩山、二ツ森山が大きく見えた。10分余の岩場の後は樹林帯に入った。道の左右に張られた古いビニール紐は茸山であった名残だろうか?。登山道の為とは思えない。ゆるゆるとした樹間の道を抜けた平坦地に三角点があったが展望無し。点名浅間(せんげ)、山名から小さな祠が有るかもと思っていたが山頂にも途中にも無かった。北方向へ踏み跡が続いていたが次の目標があるので早々に下山した。WEBで見た展望岩の標識も気付かず展望の開けた岩から恵那山方面を眺め往路を下った。岩場道の終わりに踏み跡を間違た様で往路と違う丸木橋に出会い、目前に横たわる尾根も予想外。薄い踏み跡を登ったら整備された歩道でビックリ。北へ進んだらすぐ舗装道路に出会い「せんげの森」看板を見た。WEB記録を思い出し道間違いに気付いたが10分程で駐車地へ戻れた。短時間の山であったが変化に富み展望も優れた良い里山であり念願達成に満足して馬籠へ。東濃では珍しくも無いが、苗木・山の田川バス停近くの民家の見事なナンジャモンジャを撮って玉蔵橋を渡った。

梵天山 ぼんでんやま 696.2m 3等三角点
 馬籠宿の西に横たわる山で最近まで山名も知らなかったが、苗木の高峰山にも似た優雅な三角形の山である。昨秋富士見台・神坂山を計画した時に(都合で中止)近場にあるのでついでに思っていた山であった。
 本年4/29に富士見台・神坂山は登ったがこの山が懸案となっていた事を思い出して今回の目的にした。情報は昨秋WEBで百草丸さんやFさんのブログを見たが記憶もほとんど失せていた。今回地形図はプリントしたものの情報の再確認を怠って臨み大失敗であった。
 落合から馬籠へ向かう途中梵天山の美しい姿を眺め馬籠総合グラウンド駐車場に着く。球場で元気に野球に興じる若者を眺め、心地良い風と雄大な恵那山を眺め軽い昼食を摂った。広い駐車場の北を通る梵天山林道目指しヤブを少し漕いだら自動車の轍が残る林道へ出た。緩やかに登る林道を南下して終点到着。右手の植林尾根末端に微かな踏み跡の気配を見て進入。地形図の破線路は谷間についているのでおかしいなと思いながら行く。道は不鮮明なので紙テープを時々念のために結んで登った。690mピークと思われる地点西肩から下った鞍部に場違いな電柱を発見。地形図のアンテナへの電源と推定したがその上の尾根で方角が混乱した。誤って北方向の尾根へ向かい始めていてUターン。戻って登り詰めたピークの岩間に祠が有った。昨秋のWEBで見た記憶が僅かに蘇った。南方向に参道らしき道と立派な鳥居が見えたが梵天山方向と違うので祠背後の樹林斜面を下って行ったら平坦地で地形図に無い軽トラが走れそうな作業道に出会った。オヤオヤと思いながら進むと路傍に簡易トイレ、南へ向かった作業路が二股に分かれる所は右に進んだ。この作業路がもしかしたら山頂へと期待したが尾根先端で下り始めたので右の斜面に取り付いた。樹間を縫って進んだらポンと展望の無い三角点広場に出た。(自分はわざわざ山頂南まで回り込んでから登った事になった。)点名は馬篭で「馬籠」では無い。選定された明治38年にも略体の「篭」の文字が有ったのか?。難渋して辿り着けた事を喜びながら水分補給と小憩。三角点脇の立木に巻かれた先人のテープの標高は695.9m、2014/11となっていておかしい。帰宅後WEBの記録を改めて拝見したら山名は「ぼんでんやま」(百草丸氏)、途中の祠は「梵天之大神」(float cloud氏)と記されていた。お二人の情報収集力にはいつも驚くばかり。又登山ルートも詳しく紹介されていて今回の事前勉強不足を猛省した。帰路は紙テープ回収の為往路を戻った。祠からの参道確認もしたかったが断念。林道終点へ戻りその先を覗いてみたら細い道が続きこれが参道と推定されたが後の祭りであった。地形図の林道と広い道路屈曲地と接する場所はヤブも無くて楽々駐車地へ戻れた。野球も終わっていてカンカン照りに自分の車のみポツリ。日陰に移動して着替え後コーヒーで疲れを癒した。

写真 ①浅間山  ②浅間山下山途中から西方向光景 ③梵天山

 

クラブ山行 大芝山・霧訪山

 投稿者:GG-  投稿日:2018年 5月 8日(火)18時34分35秒
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   「霧が訪れる山…きりとうさん」響きの良い名、叙情を感じさせる名の山、さらに大展望が得られる人気の山でもある。霧訪山は太平洋に流れ込む天竜水系と、日本海に流れる信濃川水系の分水嶺にあり、気候の変化も著しく、山名の如く霧がよく発生し、雨乞いの山として崇められてきた。オキナグサが咲く山頂は戦国時代武田信玄がのろし台として利用したとも紹介されている。みのハイクの山行として連休最終日の5/6に花で名高い大芝山からの縦走コースを企画してもらえたので期待を抱いて参加した。
 恵那山トンネルを抜け伊那谷へ入ると東に南アルプス連山のシルエット、西は間近に中央アルプスの白い山々が望め好天が期待された。伊北ICから北上した国道153は旧伊那街道・三州街道で小野宿の雰囲気を残し、辰野町・塩尻市境界付近の国道を跨ぐ信濃国二之宮小野神社・矢彦神社の大鳥居を潜って進むと伝説から名付けられた善知鳥峠(うとうとうげ)に着く。分水嶺公園から200m程北に登山者用駐車場が設けられていて下車し登山準備。下山に備え各車両は北小野登山口Pに移動し、運転者一同がデポ車で峠駐車場へ戻ってからスタート。すぐの路傍にニリンソウの群落やヤマブキが迎えてくれ幸先良し。分水嶺登山道と名付けられた道は地形図の破線路とは違っているが尾根取付から暫く急坂続きで息が弾んだ。ヤマツツジの咲く赤松の多い尾根の高度を上げて行く。標高950m付近から緩やかな巻道となり1020m標高で主稜線に乗った。付近はカラマツの新緑が眩しいほど美しかった。イカリソウ・ヒトリシズカなどに迎えられて進み3ツ目の鉄塔に着いたら甲斐駒ヶ岳、仙丈ヶ岳が望めた。1200m標高に着くと「大芝山の肩」標識、ここからの平坦な稜線は芽吹きの明るい雑木林が続き名残のカタクリも見られた。平坦地の太い木の横に「大芝山」1210mの標識が立てられて山頂と判るが無ければ通過してしまう。WEBで紹介されている様にここから林床にニリンソウ群落、カタクリやラショウモンカズラなども見られ10分程は光と新緑と花のプロムナード。鞍部から僅かに登った鉄塔脇1080mピークが「たきあらしの峰」標識で通り過ぎた大芝山や北アの常念岳等が望めた。平坦地西端で「もぐもぐタイム」を過ごしエネルギーを補給。1196m標高点へ着くと「北小野新登山道」分岐標識があり霧訪山30分と記されていて「ようやく着くか」と期待が高まった。1220m標高まで進んだ南側植林、北側雑木の稜線に「ブナの分れ」標識。周囲を見回したがブナの木は見られず不思議。すぐ先に男坂・女坂分岐標識が有りGLさんよりどちらのルートでも良いとの許しをもらい花が多いとされる女坂を進んだ。男坂は植林境界尾根の直登で、女坂は明るい雑木林の中をジグザグに登っていて最盛期ならカタクリが美しいらしい。振り返ったらこの坂を辿ったのは6名のみ、元気な仲間達は急坂も苦にならない様で男坂を登られた。1260m標高で両坂は合流、北に穂高連峰が望めて感激した。ここからは緩やかな明るい雑木林となり山頂直前は立木が伐採され山頂台地に先着した仲間達が見えた。
 やっと辿り着いた山頂中央に霧訪山1305.7mの2等三角点が鎮座していた。点の記によれば点名は「きりとひさん」明治35年埋標で保護石も有ることになっているが見当たらない。柱石が新しいのは昭和61年(1986年)に交換されたとあった。仲間達は360度の展望や山頂に祀られた会地社(おうちしゃ)周辺に保護された絶滅危惧種のオキナグサの撮影に余念が無い。リーダーから「先に記念写真を撮るよ」との声が有り撮影後1時まで休憩との指示で思い々々の場所に陣取って賑やかなランチタイムが始まった。自分は北アを眺めるベンチに腰を下ろし3度目の登頂にして初めて見せてくれた大パノラマに感動しながら摂った。先客登山者はいつの間にか消えておられ人気の山なのに我がクラブ39名の貸切状態となっていた。食後にデポ車回収の先発隊3名を見送り予定時間まで改めて山岳展望を楽しんだ。御嶽山は頭部のみを見せ鉢盛山の三角が目立つ。穂高連峰から槍ヶ岳・大滝山・常念岳・燕岳辺りまではクッキリ見えたが以北はボンヤリで残念。来し方大芝山の彼方は鉢伏山・美ヶ原。霧ヶ峰の東は蓼科山から連なる八ヶ岳の山々。入笠山・守屋山を前景に南アは甲斐駒ヶ岳・北岳・仙丈ヶ岳・塩見岳、赤石岳辺りからはボンヤリとなりこちらも残念。中アは経ヶ岳の大きな山塊に遮られていた。
 定刻となり「かっとりコース」を下山開始、わが班は最後の下山となり誰もいないスッキリとした山頂が撮れてラッキー。道はミツバツツジが咲くいきなりの急坂で始まった。少し下った北の展望地から大芝山や鉢伏山を目に焼き付け、茸山入山禁止看板の目立つヤセ尾根左右のロープに助けられ、爽やかな松籟を聞きながら下る。トタン葺きの避難小屋前にも少し展望が有った。その下で北小野新登山道が合流し下って行くと鉄塔の平坦地となり「かっとり城跡」の標識が立っていた。戦国期の山城らしいが検索しても詳細不明であった。そこから10分程で御嶽大権現碑に着く。1811年に御嶽講の信者が建立と案内されていたが、御嶽山は見えず遙拝もできない場所に有るのが不思議であった。最後は257段のプラ階段を下りやっと横断幕の登山口に帰着。駐車地へ着いたら先発されたデポ車回収隊は既に戻っておられ韋駄天下山に驚いた。リーダー達が気配りされたコーヒータイムで疲れを癒し、リーダー挨拶や新会員さん達の感想をお聞きし現地解散となった。
 企画して頂いた山行部、当日の諸役の皆さんに感謝。自分には天候と展望と花々と仲間達に恵まれた幸せな一日であった。下山時刻が早かったので各車共渋滞もなく帰着できたと後日聞いた。

写真 ①大芝山  ②霧訪山山頂から槍・穂高方面  ③誰もいなくなった霧訪山頂

 

個人山行 高塚山・高峰山

 投稿者:GG-  投稿日:2018年 5月 5日(土)17時53分49秒
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   みのハイクのMさんから今年もGWに夫人が帰省されるので何処かの山へと頼まれていた。5/6にクラブ山行霧訪山を申し込んでいて軽い山ならと5/4に「小坂溶岩台地」散策と計画していたが、天気予報は各地雷雨可能性を報じたので、飛騨地方より比較的安定した中津川の低山巡りに変更した。4月に美濃一人さんに教えてもらった浅間山へ行きたかったのが主たる理由でもあった。

 交通量の多い高速を恵那で下りて、前日に長瀞のナンジャモンジャの開花を蛭川事務所に問い合わせたらツボミとの回答であったが念のため立ち寄った。やはり芽吹きで絵にならず、しかも巨木の上部3分の1程度が何故か枯れていて哀れな姿だった。蛭川地区は昨年何度も通った事を思い出しながら走りナビに導かれて苗木の鉱物博物館西駐車場へ到着。
 高塚山はWEBで知った山だが記録は少ない不遇の山。閉鎖された高峰山荘から湖岸へ行く積りを誤りもみじの道と称する遊歩道を歩いていて、高塚山直前の道標で気づいた。山道らしくなり着いた岩々のビークに祠が有り高塚山509.4m山頂の気配。しかし祠の解説(神社庁HPにも無い)も無くて祭神不明。山頂標識も無くWEBで紹介されている岩に刻まれた山名も風化したのか気づかなかった。百草丸さんのブログでは「たこつかやま」とされている。標高は地理院計測とした。南の展望が開けて心地良く少憩をとる。コンパスで西方向を確認し山頂から下り薄い踏み跡の尾根を辿り地形図に表れていない小さなコブを2つ越えた先に点名後山467.5mの三角点がポツリとあった。樹林の中で展望も無く写真のみ撮ってUターン。高塚山へ戻り再び展望を目に焼き付けて下山開始。標識から高峰湖を目指して新緑や卯の花の美しい中を下る。小さなしょうぶ池付近で観光客に聞いたら高峰湖は間近と言うので仲間のリクエストに応えて湖畔に立ち寄った。山上からは小さく見えたが間近で見ればなかなかの光景であった。駐車地へ戻ったら予定より遅れて11時を過ぎていたので岩テーブルが点在する芝地で昼食を摂った。日が射していたのに一時小雨がパラついたがすぐ止んだ。
 高峰山は続ぎふ百山に入っているので1995/1に鎮野峠から単独で登っていた。2007/3にクラブ山行で高土畿山を終えた後にSさんの案内で高峰林道から僅かな時間で登った事も有ったが、余り短時間でもと今回は峠からのルートとした。同行した仲間は初登山だったそうで選んで良かった。峠北の材木置場に駐車し林道交差の登山口へ。付近は伐採中でピンクテープの踏み跡を尾根へ向かう。尾根の登山道は国土調査や坂下町の境界杭が続き小笹が足下を覆う場所も有ったが明瞭。残念な事に地形図に現れていない作業林道が尾根の左右に迫って雰囲気を壊していたが、道は一度も林道を横切る事無く続いてて緑の中を登れたのがせめてもの救いであった。案内に有った感謝岩や岩割椹は標識が無いので特定出来なかったが真ん中で割れた岩が岩割椹かもしれない。やっとの思いで高峰山945.0mに到着。登山口案内は50分となっていたがノンビリにしても1時間20分も要してしまいバテ気味であった。(1995年でも1時間、案内時間が早すぎるのでは。)展望は南西方向のみ僅かで前回と変わらず魅力無い山頂であった。小憩後記念写真を撮り往路を下山した。
 下山したら計画より大幅に遅れていたので、自分が主目的としていた浅間山は断念して仲間達に喜んでもらえそうな苗木城を訪れて帰る事にした。2006/4に同窓生での花見ハイク以来の再訪だったが当時工事が始まっていた天守展望台へ上がったら絶景が望まれた。城跡は城山とも高森山とも呼ばれるらしく、パンフレットでは標高432mと記されている。展望台から登ったばかりの高峰山の手前に浅間山が見えて登り残しが惜しまれた。時刻も遅いのに観光客多数で流石連休との実感。
 帰路は城山大橋から国道19へ入り、高速渋滞を避けて一般道を走り帰着した。帰宅したらラジオで土岐IC付近で10㎞渋滞と報じていたらしい。

写真 ①高塚山山頂祠  ②後山  ③高峰山山頂
 

富士見台 1739m 

 投稿者:GG-  投稿日:2018年 5月 1日(火)20時45分58秒
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   みのハイクのNさんから神坂山が未踏なのでとの希望を聞いていたので、4/29の山開き行事に合わせて行く計画を立て仲間を誘って出かけた。
 美濃加茂をスタートし恵那峡SAで休憩。中津川ICで国道へ出る予定が、車中での話に夢中になりナビ案内も聞き逃し通過に気付いたのは子野川辺りの大失敗。園原ICでUターンして中津川ICへ戻りけやき平Pへ着いた。大失敗にも拘わらず余裕含みで計画していたので登山準備を終えて始発のシャトルバスに間に合って良かった。
 満員バスは立席となり30分弱が長く感じられた。1569mの神坂峠は芽吹きの季節で風も冷んやりヤマザクラが咲き始めていた。萬岳荘に到着し受付でチラシなどをもらい休憩を済ませて登り始めた。標高差80mやや荒れの道を登るのにもハアーハアーと息が弾んで情けない。やっとの思いで1670mの鞍部へ着くと北風が心地良く沢筋に雪が少し残る恵那山が雄大に見えた。ひと息入れてショウジョウバカマの群生に目を見張りながら行くと神坂小屋。小屋前でササユリの種を配っていた。紙コップに少量入れてあり路傍の何処でも良いから蒔いてくれと言う。昔は沢山咲いていたが近年は少なくなったそうで蒔くのもボランテイァだと思い頂戴する。行き交う登山者と挨拶を交わしながら富士見台山頂に到着。多数の登山者で賑わっていて、白山や北アルプスは靄っていたが御嶽山・乗鞍岳・中央アルプスは鮮明。南アルプスもやや靄っていたが北から南まで全山が望めた。山座同定がうまく出来ぬのが悔しいがパンフレットによれば深田100名山のうち23座が望めるらしい。展望を楽しんでから神坂山へ向かう。神坂小屋上部の分岐案内は小さいが明瞭な登山道が続き訪れる人もかなり有って驚いた。途中で咲くまで10年位懸かるらしいので自分で見られる可能性は少ないと思いつつササユリの種を散布した。神坂中学落雷遭難碑を見て、萬岳荘への分岐を過ぎ団体さんとすれ違いながら最後の坂を登り切ると岩田石と刻まれた大石が有り脇の狭い空間に神坂山1684.7mの三角点が鎮座していた。以前訪れた時は派手な山名標識が見られたが今回は何も無くすっきりとした山頂で、周囲の樹木も少なくなり明るい印象がした。我々だけの静かな山頂となったのでそこでランチタイムとした。食事を終えた頃又集団が訪れて来たので席を空け萬岳荘へ。僅かな時間で古代東山道の園原からの道と合流して着いた。長時間を要するが神坂神社からの古道を一度歩いてみたいものだ。広場では開山式神事の真っ最中。ホルン演奏に先駆けて餅蒔きが行われたが以前より量が少ないのか、登山者が多いのかアッと言う間に終了した。餅蒔きが終わったら登山者の多くが散らばってしまって観客数が少なく演奏者も淋しかった事だろう。観客が少ないおかげで最前列でアルプホルンの演奏を聞く事が出来た。途中でサービスのウェストンココアを頂戴したが最後の組だったらしくラッキー、味はそれ程良いとも思えなかったが。ベランダ上の豚汁サービスは長蛇の列であった。今年は演奏終了後ホルンの試し吹きをさせてくれると言うので仲間と共に参加した。唇の広げ方で音の高低が変わるそうで、なんとか音が出たので奏者のオッサンが誉めてくれた。
 演奏終了後神坂峠へ向かったらシャトルバスを待つ人が長い列を作っていた。計画では千両山へ往復も予定していたが、少々疲れも有り帰途の高速渋滞回避を理由に断念して列に加わった。ところが園原からのバスは頻繁に来るのにけやき平からはサッパリ。やっと着いたが我々の目前で定員オーバーで発車となり更に待たされた。3台のバスを運用していたそうだか、待避箇所が少ないので効率悪く合計50分も待って乗車できてヤレヤレであった。890m標高のけやき平まで戻ったら峠で芽吹きだったのに鮮やかな新緑の光景が拡がっていた。
 短時間の散策登山ではあったが、好天に恵まれ展望とアルプホルン演奏が楽しめた一日となった。

写真 ①富士見台から恵那山  ②神坂山から富士見台と御嶽山  ③開山式後のアルプホルン演奏

 

浅間山 372m

 投稿者:GG-  投稿日:2018年 4月25日(水)16時16分28秒
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   我が可児市内の山・浅間山は時々訪れる散策の山で直近では4/2に訪れた。たまたま開いた多治見図書館のHP内に多治見の名山としても紹介されていた。万葉集にも登場とされていたので岐阜県神社庁HPや奥十山で検索して判った事を備忘録としてコピーしておこう。

注 奥十山については検索したら諸説あって浅間山と特定できない様である。

浅間神社 由緒由来
当社は、秀麗な山容なる美濃富士とも呼ばれる可児市で一番高い標高372米の浅間山山頂に鎮座し、醍醐天皇の延喜5年(905)に作られたという「国内神名帳」の正六位高山明神にあたることから、当地方の最古社であることが知られます。久々利9代目の殿様千村仲雄(1785-1846)の著者美濃国泳宮考にも万葉の歌の中の奥十山は「かの浅間の神を祭れる山を奥十山と定む。此れいたく高からねど嶺上に森ありて東西よりよく見え歌にもよみ合わすべき山なり。」と記され、深く里人に親しまれてきました。御祭神の木花之佐久夜毘売命は艶麗比類なしといわれた女神で火難を除け、安産を守り小児の育成を加護するなど、霊験あらたかな神として崇められている。例祭は陰暦6月1日であったが、今日では7月1日に近い日曜日に行なわれ、当日は左鎌を献して恩頼を謝す。昭和34年の伊勢湾台風の被害甚大にて、昭和60年に御本殿を修復し、御拝殿の再建、境内、参道の整備が行なわれた。遠近より参拝者多く、祈願を篭むる者後をたたない。創祀未詳なれども、国内神名帳正六位高山神なるよし。此の山名を古来奥磯山又、富士峰高峰浅間山とも云ふ。又里俗常に御高峰様と称す。久々利の東南に聳えたる高山なり。往古景行天皇行幸の時三野の國の高北なる八十一隣の宮に云々とあり、高とは此の高山をさして云ひ高山の北なる八十一隣の宮と続け給へるなり。以下略。

万葉集 雑歌3242番歌

 ももきね 美濃の国の
 高北(たかきた)の くくりの宮に
 日向(ひむかい)に い行きなびかふ
 大宮を ありと聞きて
 わが通い道(じ)の
 奥十山(おきそやま)美濃の山
 なびけと人は 踏めども
 かく寄れと 人は突けども
 心なき山の 奥十山 美濃の山

(解釈)
 美濃の国の、高北のくくりの宮に、
 日に向かってなびき行く
 大宮があると聞いて、
 私が通っていく道の 奥十山 美濃の山よ
 倒れ伏せと人は踏むが、(倒れるわけもなく)
 このように寄れと人は突くが(寄るわけもなく)
 心無い山だ 奥十山 美濃の山

 「ももきね」は「ももしきの」と関わることばか。今までの歌と変わり、方向は、美濃国になる。行き先は、「くくりの宮」と言う日本書紀(景行天皇紀)にある天皇が美濃行幸の際に建てた離宮である。天皇は、ここで美しい二人の姉妹を得るが、姉が辞退したため妹を妃としたという。その伝説の宮に行くには、心無い山々が邪魔をするというのである

写真 浅間神社  浅間山最高点  4/2撮影

 

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